2008年03月13日

第30話 進歩する周産期医療

hana33.jpg

第30話 進歩する周産期医療

人間は10カ月で約3キロの赤ちゃんを出産します。あたりまえの事実なのですが、これがなぜだか分かっていません。周産期医療の現場ではまだまだ解明されていないことが多いのですが、たゆまぬ研究努力と技術の進歩で、安全なお産やより良い赤ちゃんの成長につながる知識や技術が少しずつ増えてきています。

 例えば、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)の原因物質らしいものが報告され、診断と治療に役立つ可能性が出てきました。胎児をおなかの中にいるままで治療する技術(胎児治療)、特に胎児を手術する技術が実用化されようとしています。

 おなかの中にいる時から既に利き腕や性格、メタボリック症候群になりやすいかさえ、ある程度決まるのではないかと言われていて、胎児期から将来の病気の予防ができるかもしれません。

 子宮を収縮させるホルモン(オキシトシン)は、脳内では気分を落ち着け、嫌な記憶を消し、人を信じやすくする働きがあることが分かってきました。胎盤や臍帯(さいたい)血の中から見つかった細胞は、これを取っておくことで血液を作る細胞や心臓の細胞や目の細胞などを再生することができるのではないか、つまり自分の体のスペアパーツを取っておける可能性が指摘されています。

 しかし、今なお、お産という「あたりまえの事実」には知識の蓄積が不十分で、危険率がゼロにはならないのです。「あたりまえ」と思わずに、妊娠期間を過ごすことが大切だと思います。「あたりまえの事実ほど、誤解を招きやすいものだからね」(シャーロック・ホームズ「ボスコム谷の謎」)(阪大病院周産期母子医療センター産科病棟医長、荻田和秀)

毎日新聞 2007年10月21日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第29話 妊婦健診の必要性

hana32.jpg

第29話 妊婦健診の必要性

妊娠出産は病気ではありません。10人中9人のお産は積極的な医療介入がなくともなんとかなると言われてきました。しかし、胎児の分の栄養や酸素を母体に取り込まねばなりません。妊娠する前には病気がなくても各臓器の機能に余裕のないお母さんは、その負荷で病気になることがあります。代表的なものを二つ挙げてみます。

 「妊娠糖尿病」は胎盤が出すホルモンの影響で、母体の血糖を下げるホルモンの働きが弱まり、血糖が上がってしまう状態を言います。高血糖が続くと、胎児にも悪い影響があるので、食事療法やインスリン注射が必要なことがあります。

 「妊娠高血圧症候群」は、妊娠中毒症と言われ、妊娠20週以降の高血圧とたんぱく尿を言います。いまだに原因不明ですが、胎児にできるだけ多くの血液を送り込もうとして、どんどん血圧が上がるのではないかと考えられています。重症になると、腎機能が悪化したり、突然のけいれんや脳出血を起こしたり、肝機能が極度に低下したりします。若年妊娠、高齢妊娠、多胎、基礎疾患を持っている人などに多いとされ、常に新生児・胎児死亡、母体死亡の原因の上位を占めています。しかし、これらの病気はすべて妊娠が終了すると、治癒します。言い換えれば、分娩(ぶんべん)以外の根本的な治療法はありません。妊娠の7〜9カ月目までにこれらを発症すれば、未熟な赤ちゃんを娩出するリスクも考慮しなければならなくなります。

 早期発見と適切な管理のために、妊婦健診が必要です。妊娠は病気ではないのですが、病気になりやすいので健診を欠かすことはできません。(阪大病院周産期母子医療センター産科病棟医長、荻田和秀)

毎日新聞 2007年10月14日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第28話 新生児の病気

hana31.jpg

第28話 新生児の病気


安藤広重の浮世絵に出てくる人物の半数は、足の指が6本描かれています。作品の中でそれが重要な意味を持つわけではなく、贋作(がんさく)を防ぐための「マーク」として描いたのではないかとも言われています。

 生まれたての赤ちゃんを見ていると、目の大きな子、つむじが二つある子、舌の下方にあるヒダ(舌小帯)が少し短い子、色素母斑(あざ)のある子など、いろいろです。

 100人の新生児がいれば、1人か2人はそのような「少し違う」特徴を持って生まれます。病気かどうかの判断をする基準として、そのことで赤ちゃんが困るかどうかを考えます。命に危険があったり、成長・発達に問題が出そうだったりすれば、速やかに対処します。ただ「少し他の子と違う」だけなら、「個性」と言えます。

 中には、妊娠中に起こったことが原因ではないかと心配されるお母さんがいます。器官形成期と呼ばれる妊娠3〜4カ月は注意すべき時期ですが、一部の薬物や治療目的の放射線照射以外の副作用で赤ちゃんに影響が出る確率は100分の1よりずっと低いのです。むしろ、妊娠中のお母さんの生活習慣が赤ちゃんの将来に影響することがあると言われています(胎児プログラミング)。たばこやアルコールは赤ちゃんの脳にダメージを与えることなどです。

 お母さんが見て少し心配なことでも、赤ちゃん自身が当面困らなければ、それは「個性」であり、他の赤ちゃんと間違わないための「マーク」と考えてあげれば良いのではないでしょうか。(阪大病院周産期母子医療センター産科病棟医長、荻田和秀)

毎日新聞 2007年10月7日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第27話 正確な胎児の情報把握

hana30.jpg

第27話 正確な胎児の情報把握

赤ちゃんに聞けたらいいのになあ−−。

 芥川龍之介の作品「河童(かっぱ)」は、主人公が河童の世界に迷い込み、見聞きしたことを通して人間社会を風刺した小説です。この中に河童のお産が描写されています。河童の医者が、おなかの中の胎児に「生まれたい?」と聞き、胎児は「生まれたい」とか「生まれたくない」などと答えます。

 胎児の超音波や心音の検査で、たまに「河童みたいに赤ちゃんに直接聞けたらなあ」と思うことがあります。

 人間のお産では、昔から胎児の心拍数を計測することで、赤ちゃんの状態を把握しようと努めてきました。近年、超音波(エコー)装置を使ってより詳しく胎児の状態を知ることができるようになりました。

 しかし、これらの検査も赤ちゃんの状態を直接的に観測するものではなく、いわゆる「状況証拠」なのです。心音が悪くて赤ちゃんの状態が危ぶまれるお産でも、全く問題のない元気な赤ちゃんを分娩(ぶんべん)することがよくあります。超音波では異常と思われる所見が、生まれてからの検査で消えていたり、逆に見つけられなかったりすることもあります。

 超音波検査をして赤ちゃんの病気が分かる率は20%あるかないかと言われています。また、慎重に胎児心拍数のモニターをみても、胎児の低酸素血症(胎盤を通して十分な血液や酸素が胎児に行かなくなる状態)が原因で起こるとされる赤ちゃんの病気や、後遺症を伴った成長の問題を、一定の確率以下に下げることはできないことが分かってきました。間接的な検査系で、いかにして胎児の正確な情報をつかむか、世界中で研究が続けられています。

 「河童」のように赤ちゃんが直接答えてくれたらよいのですが。(阪大病院周産期母子医療センター産科病棟医長、荻田和秀)

毎日新聞 2007年9月30日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第26話 出産時のリスク

hana29.jpg

第26話 出産時のリスク


甲子園のスタンドを妊婦さんでいっぱいにしてみると……「女性の健康50話」などの50話シリーズを連載中のこのスポーツ欄で、こんな話から始めてみます。阪神タイガースの試合がある日の阪神甲子園球場は約5万人の観客で満員になることがありますが、この5万人という数字を目安にして、出産時のリスクなどを説明しましょう。

 2006年のデータから、1年間に交通事故で亡くなる人は5万人の中で約4人です。また、日本人のがんによる年間死者数は同様に約125人という計算になります。

 今、日本で出産する女性は、満員の甲子園で20試合が行われた時の観客総数と同じ年間約100万人です。

 では、妊婦さんのリスクを計算してみると、日本で死産や新生児死亡など、赤ちゃんが先天的な病気やその他の原因で亡くなる割合は、5万人の中で160人近くになります。世界の国々の中で日本は低い割合のグループに入ります。

 一方、お母さんが亡くなる妊産婦の死亡率は2〜3人といったところです。日本では交通事故で亡くなるよりも妊婦さんがお産で亡くなる割合の方が少し低いと言えます。

 しかし、実際に私たちが傍らで見ていて、ひやりとするお産は多くあり、5人に1人くらいの割合です。これも例えですが、甲子園を医療事情の悪い国の妊婦さんで満員にすると、出産で数百人の妊婦さんが亡くなるという報告もあります。

 母子ともに出産時の危険率を今よりも下げることが、私たち「お産の応援団」の仕事なのです。(阪大病院周産期母子医療センター産科病棟医長、荻田和秀)

毎日新聞 2007年9月23日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 17:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月11日

第25話 流産の原因と治療

hana19.jpg

第25話 流産の原因と治療


産婦人科には、妊娠はするものの流産を繰り返したり、子宮の中で、ある程度育った胎児が突然亡くなったりして、赤ちゃんを抱くことができない方も受診されます。流産の原因の多くは、胎児の染色体の異常と考えられています。

 流産の頻度は約15%と言われ、妊娠した女性の6人に1人は流産することになり、決して珍しいものではありません。しかし、3回連続して流産が起こるとなると、その確率は1%未満となり、運悪く胎児の異常ばかりが続いているとは考えにくくなります。このような場合には、流産の原因をご夫婦に求める必要がでてきます。私たちは、3回以上自然流産を繰り返すことを「習慣流産」と呼んでいます。

 習慣流産の原因は多岐にわたり、しばしばその原因を明らかにすることが難しいことがあります。また、出産の経験のない25〜29歳の女性が、3回以上流産を繰り返しても、その後、約半数の方は、特別な治療なしでも妊娠が継続し、出産できるとの報告もあります。以上のことからでも、この病態がいかに複雑であるかお分かりいただけると思います。

 流産を繰り返す女性が大変なストレスをお感じになることはしばしばあります。そのため最近では、2回連続して流産を繰り返す反復流産の場合でも、原因の検索を行うことが多くなりました。中でも、夫婦の染色体検査や奥さまの血栓の作りやすさに関する検査は重要です。血栓を作りやすい体質の方は、妊娠子宮や胎盤への血流が悪化するために、流産しやすいと考えられています。このような方に、妊娠初期より血液を固まりにくくする薬剤を使って、子宮や胎盤への血流を保ち、流産を防ぐ治療法があり、効果をあげています。(大阪大学医学部産婦人科講師、筒井建紀)

毎日新聞 2007年9月16日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 05:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第24話 人工授精と体外受精

hana18.jpg

第24話 人工授精と体外受精

不妊症の患者さんには、検査所見に異常を認めないにもかかわらず、排卵の時期にあわせて性交する方法ではなかなか妊娠に至らない方がおられます。そのような患者さんには人工授精を行います。

 人工授精とは、排卵に合わせてご主人の精子を、細い管を使って子宮内に注入する方法です。精子は卵子と卵管の中で出合い受精します。人工授精により、なるべく卵管に近い所に多くの精子を送り込むことができます。この方法は精子が少ない場合にも応用でき、精液を専用の培養液で濃縮して、より元気のよい精子だけをえり分けて人工授精をします。

 しかし、繰り返し人工授精を行っても妊娠しない方には体外受精をお勧めします。体外受精と人工授精は、名前は似ていますが、全く異なる治療法です。

 体外受精とは、卵巣内の成熟した卵子を細い穿刺(せんし)針を使って体外に取り出して精子と一緒に培養し、できた受精卵を子宮の中に移植する方法です。この方法は、卵子が受精したことを直接、顕微鏡で確認できる利点があります。つまり、受精が起こるかどうかの検査も兼ねた治療法と言えます。もし、体外受精でも受精が起こらない患者さんには、顕微鏡下で精子を卵子に直接打ち込んで受精させる、顕微授精を行う必要があります。

 体外受精と顕微授精は、高度生殖医療と呼ばれています。直近の資料によると、日本では、65人に1人の割合で、高度生殖医療を用いて妊娠された患者さんの分娩(ぶんべん)が行われています。現在では、決して特殊な治療ではありませんので、他の方法ではなかなか妊娠しない方に、積極的に挑戦していただきたいと思います。(大阪大学医学部産婦人科講師、筒井建紀)

毎日新聞 2007年9月9日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 05:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第23話 不妊の検査と治療

hana17.jpg

第23話 不妊の検査と治療

基礎体温をつけながら、排卵の時期を予知する尿検査薬を用いてもなかなか妊娠しない時は産婦人科を受診してください。

 産婦人科医は詳細な問診をして、基礎体温表から排卵の有無を判断します。さらに、一般的な婦人科の診察を行った後、不妊症にかかわるいくつかの検査を行います。

 結婚して2年間避妊をしていた31歳のAさんは、避妊をしなくなって1年たつのに妊娠しませんでした。彼女は、基礎体温をつけていましたが、月経周期が40日ほどで、基礎体温の低温相の期間が25日ぐらいありました。Aさんは心配になって早速産婦人科を受診。超音波検査の結果、月経が始まってから排卵するまでの期間がやや長いものの排卵はほぼ規則正しく起こっていると診断されました。

 不妊は、夫婦2人の問題です。受診された方に対しては、まず、奥さまの血液中の種々のホルモン検査や子宮の形の異常や卵管が詰まっていないかどうかを調べる子宮卵管造影検査などを行います。子宮卵管造影検査は、卵管の閉塞(へいそく)を取り除く治療的効果もありますので、早めの検査をお勧めします。また、奥さまの検査ばかり行っていても異常を認めず、しばらくして行ったご主人の精液検査で精子の数が少ないことが判明する場合もありますので、精液検査もおろそかにはできません。ご主人にもぜひ検査に協力していただきたいと思います。

 Aさんは、子宮卵管造影検査を行って2周期目の排卵を確認した後、基礎体温の高温相が続き、めでたく妊娠が確認され、現在妊娠継続中です。(大阪大学医学部産婦人科講師、筒井建紀)

毎日新聞 2007年9月2日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター

posted by 舞姫 at 05:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第22話 基礎体温を毎日記録

hana16.jpg

第22話 基礎体温を毎日記録

妊娠を希望される患者さんに、私たちはまず基礎体温を記録するようにお話しします。基礎体温とは、最も安静時の体温のことで、その変化から女性ホルモンの分泌状態や排卵の有無が推定されます。朝、目が覚めた時に、体を動かさずに目盛りの細かい婦人体温計を舌の下に入れて測ります。

 卵子は、卵巣にできる卵胞と呼ばれる、液体を含んだ小さな袋の内壁に存在しています。卵胞が破れて卵子が卵巣外に飛び出る現象が排卵です。排卵した後、卵胞は黄体という組織に変化して、黄体ホルモンを分泌し、受精した卵が子宮内膜に着床するお手伝いをします。この黄体ホルモンは、基礎体温を上昇させる働きがあり、月経が始まって約半月後に基礎体温が上昇を始め、次の月経まで高温の状態が持続すると、排卵が正常に起こっているものと考えます。排卵の多くは低温期の最終日に起こるので、この時期に性交があると、妊娠する可能性が高くなります。

 最近では、尿で排卵日が近いことを調べる検査薬も市販されています。排卵直前に脳下垂体から黄体形成ホルモンが分泌され、これが引き金となって排卵が起こります。排卵の検査薬は、尿中の黄体形成ホルモンを検出するもので、この検査薬で陽性になれば、約1日後には排卵が起こります。

 妊娠を希望される方は、産婦人科を受診する前に、毎日基礎体温を記録することをお勧めします。また、排卵を予知する検査薬も使ってタイミングを計ってみてください。半年から1年たっても妊娠しなければ、基礎体温表を持って産婦人科を受診されるとよいでしょう。(大阪大学医学部産婦人科講師、筒井建紀)

毎日新聞 2007年8月26日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 05:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第21話 不妊治療は早めに

hana15.jpg

第21話 不妊治療は早めに


妊娠を望んでいるにもかかわらず、自然に妊娠しないカップルは、約10組に1組いると言われています。日本では、妊娠を希望しているのに、2年間一度も妊娠しなければ、「不妊症」と診断され、医師による検査・治療を受けた方がよいとされています。

 しかし、最近は女性の晩婚化・晩産化が進み、2年間も待っているうちに、35歳を過ぎてしまう方も多くおられます。この場合、年齢による卵巣機能(卵巣予備能)の低下が心配されます。

 芸能人で40歳を過ぎてから初めて出産される方が、ときどきおられます。そのような高年出産の報道を見聞きし、外来を受診する患者さんにも「40歳になってもお産はできるんだ」と考える方がいらっしゃいます。

 確かに40歳代でも妊娠・分娩(ぶんべん)される方はおられます。しかし、例えば体外受精や顕微授精などの不妊治療を受けられている患者さんの出産率は30歳代前半であれば、約30%ですが、40歳を過ぎると、10%未満になってしまいます。妊娠された場合でも、お子さんの染色体の異常率は高くなり、妊娠中の合併症も増え、出産も難産になりがちです。お肌と同じように、生殖器も年齢による影響を無視することができないのです。

 妊娠はいくつになってもできるものではありません。不妊治療は、期限付きの治療なのです。私たちは、妊娠を希望されて受診された不妊症患者さんの年齢が35歳を過ぎていれば、同じ治療を何度も繰り返さず、より適切な治療法を早く選択する工夫をしています。 このような理由から、家族計画はカップルで早めに相談されることをお勧めします。(大阪大学医学部産婦人科講師、筒井建紀)

毎日新聞 2007年8月19日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 04:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月10日

第20話 手術と化学療法で治療

hana4.jpg

第20話 手術と化学療法で治療

日本で増加している卵巣がんは、早期にはほとんど自覚症状がなく、腹腔(ふくくう)内に広がった進行がんで発見される場合が多いという特徴があります。

 卵巣がんの6割は、既にがんがおなかの中に散らばった3期以上の状態で発見されます。もし、胃がんや大腸がんなら、手術でおなかを開けた時に、がんがあちこちに散らばっていたら、そのままおなかを閉じることになります。しかし、卵巣がんはそこからが医者の腕の見せどころです。場合によっては腸や肝臓などの他臓器の合併切除をすることで、おなかの中に散らばっているがんをすべて摘出できれば、また、病変の一部が残ったとしても、残った腫瘍(しゅよう)の大きさが1円玉より小さければ、化学療法(抗がん剤による治療)によって消滅する可能性があるからです。

 卵巣がんは手術と化学療法で治療するがんで、手術でがんがきれいに取り切れた女性にも、再発のリスクを下げる目的で抗がん剤の点滴を行います。抗がん剤も卵巣がんに効果の高いものが開発されており、治療成績は10年前と比較して改善されています。

 しかし、人の体形がそれぞれ異なるように、卵巣がんにも、今よく使われている抗がん剤が効きにくいタイプもあります。既製服より、あつらえた服の方が体にフィットするように、それぞれのがんの性格を見極めたうえで、近い将来、個々のがんの性格に合わせたくすりが選択されるようになるでしょう。(大阪大学医学部産婦人科准教授、榎本隆之)

毎日新聞 2007年8月12日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 13:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第19話 子宮体がんの症状

hana3.jpg

第19話 子宮体がんの症状

子宮体がんは閉経後の女性に発生することが多く、閉経後の出血に気づいて産婦人科を受診し、発見されることが多い病気です。出産歴のない人や閉経年齢が遅い人、肥満の人などに多いとされています。

 57歳のAさんは、53歳に閉経し、55歳から時々出血を繰り返すようになりました。また月経が再開したと思っていましたが、婦人科を受診した時には、既に傍大動脈リンパ節に転移した進行がんが見つかりました。

 若い女性で月経が不順な人に、まれに子宮体がんが見つかることがあります。35歳のBさんは結婚して3年、月経が不順で子供ができませんでした。仕事が忙しく、なかなか婦人科を受診できませんでしたが、茶褐色の帯下(おりもの)が続くので、意を決して受診し、精密検査の結果、子宮体がんが見つかりました。

 このがんはまず手術を行うのが一般的で、子宮と両側付属器(卵巣・卵管)を摘出し、骨盤内や腹部大動脈周囲のリンパ節を切除します。手術によって、病期の広がりを正確に診断し、化学療法(抗がん剤による治療)や放射線治療などを追加するかどうかも検討します。

 77歳のCさんは初期の子宮体がんと診断されましたが、術前検査で心肺機能に異常がなかったので、子宮と両側付属器を摘出し、2週間で退院しました。

 Bさんのように、妊娠を希望する若い女性に子宮体がんが見つかり、病変が子宮内膜に限られる時は、子宮を温存してホルモン療法を行う場合があります。病変が消え、その後、妊娠した人もいますが、ホルモン治療を中断すると、また病変が出現する人もいますので、専門医の厳密なフォローが必要です。(大阪大学医学部産婦人科准教授、榎本隆之)

毎日新聞 2007年8月5日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 13:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第18話 子宮頸がんとワクチン

hana2.jpg

第18話 子宮頸がんとワクチン

欧米の報告では、20歳前後の女性の4〜6割が子宮頸(けい)がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)に感染し、米国での新規感染が年間620万人に及ぶと考えられています。しかし、HPV感染者のうち、実際に子宮頸がんが発生するのはごく一部であり、まれなことと言えます。

 麻疹(はしか)ウイルスやポリオウイルスなどの感染がワクチンで予防できるように、HPVの感染を予防するワクチンができれば、子宮頸がんを撲滅することが理論的には可能です。

 現在、2種類のワクチンについて、1万人以上を対象とした臨床試験の結果が海外で既に発表されています。

 いずれのワクチンも20歳前後の女性が対象で、ワクチンを3回筋肉注射することで、4年以上にわたりHPVの持続感染を予防することができ、16型や18型による子宮頸がんの前がん病変の発生を低率に抑えることが示されています。

 この結果を踏まえて、米国やオーストラリアなどでは使用が承認されており、日本でも臨床試験が進められています。現時点では、ワクチンが高価なこと、HPV感染からがん発症まで数十年かかるケースもあり、長期的な予防効果が不明なこと、日本人の子宮頸がんは16型・18型以外のHPVも関与していることなど、検討すべき点もあります。

 また、このワクチンは感染予防が目的で、感染者や子宮頸がんの女性を治療するものではありません。しかし、近い将来、天然痘が地球上から撲滅されたように、子宮頸がんが撲滅される日が来るかもしれません。(大阪大学医学部産婦人科准教授、榎本隆之)

毎日新聞 2007年7月29日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター

posted by 舞姫 at 13:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第17話 子宮頸がんと妊娠

hana1.jpg

第17話 子宮頸がんと妊娠

子宮頸(けい)がんの多くにヒトパピローマウイルスの性感染が関与していること、20歳代の女性に上皮内がんを含めた子宮頸がんが増加してきていることは、先週お話ししました。

 初期の子宮頸がんは症状がないのが普通です。妊娠を契機に産婦人科を受診した際や、職場の検診などで、偶然に子宮頸がんが見つかることがよくあります。これから妊娠することを考えていた女性が子宮頸がんと診断されることのつらさは、筆舌に尽くしがたいものがあるでしょう。

 上皮内がんや一部の微小浸潤がんに対しては、子宮頸部を円錐(えんすい)状の組織として切除する「子宮頸部円錐切除術」で、妊娠できる可能性を十分に温存でき、円錐切除後に妊娠しても、切迫流早産などの合併症が起こることはほとんどありません。

 これに対し、浸潤がんは、従来、「広汎子宮全摘出術」(患部を子宮と膣=ちつ=の一部を含めて骨盤壁近くから広い範囲で切除し、同時に所属リンパ節の切除を行う手術)か放射線療法によって治療され、完治と引き換えに、妊娠の可能性は犠牲にされてきました。

 最近、早期の浸潤がんで、一定の条件を満たす女性に対して、子宮頸部、膣の一部、傍子宮組織を摘出し、骨盤内リンパ節を切除して、子宮体部と卵巣を温存することによって、妊娠の可能性を温存する「広汎性子宮頸部摘出術」が試みられています。欧米では手術後に妊娠・分娩(ぶんべん)に至った症例も報告されています。

 この摘出術は日本ではまだ一般的な治療とは言えませんが、患者の方からの要望も増え、大阪大学では最近十分なインフォームド・コンセントのもとで、行っています。(大阪大学医学部産科婦人科准教授、榎本隆之)

毎日新聞 2007年7月22日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター

posted by 舞姫 at 13:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第16話 若者に多い子宮頸がん

hana.jpg

第16話 若者に多い子宮頸がん

日本人の3大死因は悪性新生物▽心疾患▽脳血管疾患ですが、子宮がんで亡くなる女性は、2006年「国民衛生の動向」によると、昭和55年が10万人あたり9・2人、平成16年は8・6人でほぼ横ばいです。これに対し、卵巣がんで亡くなる女性は昭和55年は3・5人であったのが、平成16年に6・8人と倍増しています。

 子宮がんはその発生部位によって子宮頸(けい)がんと子宮体がんに分けられます。子宮体がんは受精卵が着床する子宮内膜から発生し、子宮頸がんは膣(ちつ)から子宮につながる入り口(外子宮口)付近に発生します。

 子宮頸がんは子宮がん検診を受診することによって、自覚症状が出現しない前がん病変や上皮内がん(0期がん)の段階で発見可能です。欧米での子宮がん検診の受診率は概して高いのですが、残念ながら日本では過去1年以内に検診を受けた女性は2割に足りません。

 上皮内がんを含めた子宮頸がんの発生率は、50歳以上の中高年層では順調に減少していますが、逆に20〜24歳で約2倍に、25〜29歳で3〜4倍に増加しています。これは子宮頸がんの発生に、ヒトパピローマウイルスの性感染が関与しており、若年者の性感染の機会が増加しているためであると考えられています。

 子宮体がんの頻度は食生活の欧米化によって近年増加しています。子宮頸がんも子宮体がんも、早期から性器出血などの自覚症状を伴うことが多いので、早期で発見されやすい病気です。

 卵巣がんは早期にはほとんど自覚症状はなく、腹腔(ふくくう)内にがんが広がった進行がんで発見されることが多いのが特徴です。

 次回は子宮頸がんについてもっと詳しくお話しします。(大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学講座准教授、榎本隆之)

毎日新聞 2007年7月15日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター

posted by 舞姫 at 13:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月09日

第15話 産婦人科の構造改革を

ha5.jpg

第15話 産婦人科の構造改革を

産婦人科医5人の病院で分娩(ぶんべん)室を運営すると、月6日の当直と帝王切開や重症患者のために人手が不足する際の自宅待機(オンコールと呼ばれ、医師は無報酬で行っています)が月6日、計12日の夜間・休日の拘束を必要とします。2000年以後、産婦人科医をはじめた人の7割近い女性医師が、子育て中に可能な勤務体系ではないと思います。

 病院勤務医たちは次々と退職し、地域の産科医療供給体制は崩壊の道をたどっています。大阪市立大学の中井准教授らの調査によると、大阪府下で医師が帝王切開を行う事を決めてから手術開始までいつでも30分以内にできる病院は56施設中2施設、1時間以内でも14施設でした。

 手術場が満員、麻酔科当直や小児科スタッフが集まらないなどの理由がありますが、最悪の場合4時間かかる施設も2施設ありました。少数の妊婦を家の近くで少数の医師が継続的にケアするという日本のシステムはとても良い方法です。しかし、この方法は本来何かあった時に頼りになるはずの「病院」の産婦人科まで脆弱(ぜいじゃく)にしました。

 ここで思い切った構造の変化、すなわち多少遠くなっても集約化・センター化の道をたどり、働く医師の労務環境を是正しなければ、地域の産婦人科は壊滅します。

 日本の公的医療は世界に誇る良いシステムでした。これを無に帰さないうちに構造を変革するよう、市民・行政・医師たちがスクラムを組む必要があると思います。(大阪大大学院医学系研究科産科学婦人科学講座教授、木村正)

毎日新聞 2007年7月8日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 06:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第14話 西欧の分娩システム

ha4.jpg

第14話 西欧の分娩システム

 今から10年ほど前の留学中、英国オックスフォード大学産婦人科で講演する機会をもらい、その後、1週間ほど産科病棟を中心に見学しました。オックスフォードは当時人口約60万人、ジョン・ラドクリフェ病院がその地域の産科・周産期センターでした。

 行ってみると、外来は閑散としており、病棟には夜中でも産科医師3人、他に麻酔科、新生児科医が各1人いて、並んだ17の分娩(ぶんべん)室はすべて個室、ゆったりと時が流れていました。

 「大阪大学の分娩は何件?」と聞かれ、「500ぐらいかな」と答えると、「毎月それだけあれば十分」とのこと。何かおかしいと思い、「いや、年に500」というと大爆笑。あちらでは年に6000件、当時の同地域(県)の分娩の80%を扱う、とのことでした。

 妊婦健診は合併症がない限り、中期の超音波検査のみを病院で行い、あとはすべて地元開業医か開業助産師、もっともリスクの高い「分娩」のみを「病院」が担当し、あとは地元で丁寧にケアを受けるというシステムでした。

 日本とよく似た公的医療制度をもつ西欧のほとんどが、このような地域での妊婦健診と大規模中央病院での出産という方法を採っています。妻はわが家の3人目をドイツで出産しましたが、地元開業医で妊婦健診を受け、陣痛が始まると見知らぬ病院に行く方法にとまどいました。日本の一人の医師が妊婦健診も分娩も行う産科診療の方法にノスタルジーを感じたことを覚えています。

 日本では分娩の約半分を個人開業医が、残り半分を病院が担当しますが、病院の産婦人科医は3〜5人、分娩数は年間500〜1000までのところが多いようです。西欧と全く違うシステムの産科を持つ日本の病院で何が起きているのでしょうか。(大阪大大学院医学系研究科産科学婦人科学講座教授、木村正)

毎日新聞 2007年7月1日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第13話 確実な避妊法知ろう

ha3.jpg

第13話 確実な避妊法知ろう


1995年ごろから若者の間に性感染症が増えているというお話をしました。同じころから10代の人工妊娠中絶も増えてきました。95年には人口千人あたり6・2人であったのが、最近ではその約2倍になっています。

 厚生労働省もこの問題を取り上げ、母子保健のための国民運動計画「健やか親子21」のなかで「10代の人工妊娠中絶率を減少させる」ことを取り組み課題にあげています。

 望まない妊娠を防ぐためには、妊娠しやすい時期を知っておくことが基本です。排卵は次の月経のおよそ14日前に起こります。排卵日とその1〜2日前が最も妊娠しやすく、排卵後2日ほどたてば次の月経までは妊娠しません。排卵の時期は基礎体温(朝、目を覚ました時に測る体温)をつけて知ることができます。

 その上でさまざまな避妊法について知っておいてください。コンドームは性感染症の予防には有効ですが、避妊に関しては意外と失敗率が高く、きちんと使っても3%の失敗率です。射精直前に装着したり、射精後すぐはずさなかったりなどすると妊娠の確率はかなり高くなります。

 勧められる確実で実行しやすい避妊方法は経口避妊薬(ピル)を服用することです。ピルの失敗率は0・1%程度です。ピルは副作用があるという間違った考えを持っている人もいますが、安心して飲める薬です。ピルについてはまた改めて説明しましょう。

 避妊についてお互いに何でも話し合える関係、これが何より大切です。若い人たちばかりでなく、大人のカップルにも言えることです。次回からしばらく大阪大学の先生方へバトンタッチします。(大阪樟蔭女子大学教授・三宅婦人科内科医院医師、甲村弘子)

毎日新聞 2007年6月24日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター

posted by 舞姫 at 06:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第12話 軽くみないで性感染症

ha2.jpg

第12話 軽くみないで性感染症

 性感染症の中で、今一番多く蔓延(まんえん)しているのがクラミジア感染症です。前回お話ししたRさんは幸いなことに「おかしい?」と思って受診し、薬を飲んで完治しました。しかし、クラミジア感染症は感染してもほとんどが無症状です。気づかないうちに、病原体は子宮の入り口を通って子宮の内部や卵管へ、さらには腹腔(ふくくう)内へと進みます。卵管の炎症は将来の不妊症や子宮外妊娠の原因となり、妊娠した場合も流産や早産の原因になります。腹腔内へ炎症が及べば、急な腹痛の原因となります。

 一方、男性では排尿の時に痛みがあったりしますが、やはり無症状のことが多く、炎症が進めば無精子症の原因となります。さらに問題となるのは、女性がかかると母子感染により次世代へ影響するということです。クラミジア感染症では、生まれてきた赤ちゃんに肺炎や結膜炎をもたらすことになります。先天性のエイズも母子感染により起こります。

 Rさんは高校でエイズに関する授業を受けました。しかし、まさか性感染症がこんなに身近なものだとは思ってもみませんでした。性感染症を予防するには、コンドームを正しく使うこと、まずこれが大切です。そして、変だと思ったときは放っておかないことです。

 若い人たちの性行動が活発化し、セックスを経験する年齢が低くなっているということがさまざまな調査の結果で明らかにされています。若者には「性に関して、自ら判断し、決定し、相互を尊重すること」を促し、そのために「自分や相手の身体について正確な情報を入手して自ら健康管理できるように」情報提供をすることが望まれます。(大阪樟蔭女子大学教授・三宅婦人科内科医院医師、甲村弘子)

毎日新聞 2007年6月17日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 06:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第11話 若者に増える性感染症

ha1.jpg

第11話 若者に増える性感染症

 若い人にセックスによってうつる病気、性感染症が増えています。性器ヘルペスウイルス感染症、HIV感染症(エイズ)も性感染症です。性体験の低年齢化によって、正しい知識のないまま無防備な性行動をしてしまい、その結果、性感染症が広がっています。1995年ごろから急速に増えており、いまや「誰でもが感染する可能性のある病気」と言えます。

 思春期外来を受診したRさんは高校2年生。最近おりものが多いのが気になるとのことでした。家族には内緒だけれど、同級生の彼とセックスしているというので性感染症の検査をしました。その結果、性器クラミジア感染症にかかっていることが分かりました。

 クラミジア感染症は性感染症の中で最もよくみられるものです。10代後半から20代の若い年齢層に多く、女性に多いのが特徴です。Rさんのような高校生は決して珍しくありません。Rさんは自覚症状があったのですが、自覚症状のある人は20%にすぎません。つまり、感染しても8割の人には何の症状も表れないため、知らないままセックスによって相手にうつしてしまうことになります。

 しかし、幸いなことにクラミジア感染症は薬が比較的効きやすく、飲み薬をきちんと短期間服用するだけで確実に治ります。病気の有無も内診や血液検査など簡単な検査で診断がつきます。女性は産婦人科、男性は泌尿器科を受診するのが普通ですが、保健所でも検査が受けられます。パートナーがあることですから、双方が検査、治療を受け、再検査で完治を確かめることが大切です。Rさんは母親に彼のことと病気のことを話して治療を終え、これからはきちんとコンドームを使うことに決めました。(大阪樟蔭女子大学教授・三宅婦人科内科医院医師、甲村弘子)

毎日新聞 2007年6月10日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 06:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月07日

第10話 正しい性の知識を

はな35.jpg

第10話 正しい性の知識を

女子大学で教鞭(べん)をとるようになってから、毎年1年生を対象に性についての講演をしています。「大学生にいまさら性教育が必要か?」と思われるかもしれません。しかし、講演後に行うアンケート調査によると、なんと3分の1の学生は「こんな話は初めて聞いた」という感想を寄せています。そして、その割合は年々少しずつ増えています。

 若者たちの多くは確実な避妊の方法を知らず、セックスでうつる病気について無知です。高校までに性教育を受けたはずですが、自分自身のこととして理解できていないのです。

 若い人たちがセックスを経験する年齢が低くなっています。産婦人科の診察室では、望まない妊娠で受診する10代が増えています。彼女たちに聞くと、避妊を実行していたのは10%くらいで、しかもその方法は確実な避妊法とはいえません。妊娠するのは当然ともいえるのですが、「自分が妊娠するとは思わなかった」と言います。

 性の場面で相手の男性と対等な立場でないことも気になります。「彼が嫌がるから」と避妊を言い出せないのです。

 妊娠よりさらに多く訪れるのは、セックスによってうつる病気、性感染症に感染した10代です。性感染症は自覚症状がないことが多いので、潜在的な患者数はかなりいると推測されます。

 彼らに性の価値観を押し付けることだけでは問題は解決しません。若い人たちが、自分自身や相手の身体を尊重し大切にすることができるよう、大人は現状を認識し、正しい性の情報を学び直して、若い人に伝えていくことが急務です。次回は性感染症についてお話しします。(大阪樟蔭女子大学教授・三宅婦人科内科医院医師、甲村弘子)

毎日新聞 2007年6月3日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第9話 自分に合う治療法を

はな34.jpg

第9話 自分に合う治療法を

子宮内膜症は、月経痛をはじめとするさまざまな痛みを引き起こします。治療法は(1)定期的に経過をみる(2)薬で女性ホルモンの分泌を抑え、病巣を小さくする(3)手術で癒着した部分をはがしたり、卵巣にたまった血液を取り除いたりする、などがあります。

 手術は開腹せずに行う腹腔(くう)鏡下手術が主体となってきました。また、子宮内膜症は不妊症とも関連があります。内膜症が進むと子宮や卵管に癒着が起こるなどして妊娠しにくくなります。

 Yさんの場合は、未婚のときに卵巣に直径3センチの中等度の内膜症がみつかりました。本人とよく相談の上、鎮痛剤で痛みをとりつつ、定期的に経過をみて大きさに変化がないか調べました。また、結婚後に妊娠しにくければ手術をするという予定も話し合いました。

 Yさんは悲観することなく、主体的に自分の今後を考えながら治療に積極的でした。Yさんは結婚し、初診から3年目に予定どおり癒着を剥(はく)離する腹腔鏡下手術を行い、半年後に妊娠し、無事出産しました。内膜症は再発しやすいため、3年たってまた少し大きくなりましたが、以前ほどではありません。2人目を希望していますが、やはり妊娠しにくく、現在は内膜症をコントロールしながら不妊治療中です。

 腹腔鏡下手術、ホルモン薬、ピルなどの登場によって子宮内膜症の治療法は幅が広がってきました。今後はさらに新しい薬物治療が増えてきます。Yさんのように、年齢、出産予定の有無など、自分自身のライフスタイルを考え合わせ、各治療法の長所と短所をよく知って、自分に合う治療法を選択していくと良いでしょう。(大阪樟蔭女子大学教授・三宅婦人科内科医院医師、甲村弘子)

毎日新聞 2007年5月27日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第8話 増えている子宮内膜症

はな33.jpg

第8話 増えている子宮内膜症

 ひどい月経痛に加えて、慢性的に下腹部や腰が痛む、排便時に痛みがあるという症状は子宮内膜症の特徴です。女性の約10%にみられると言われ、近年増加しています。

 子宮内膜は子宮の内側を覆っている膜のことで、女性ホルモンの影響を受けて周期的に変化し、妊娠したときは厚みを増して受精卵を守ります。受精しないときは血液と共にはがれ落ちます。これが月経です。本来は子宮の内側にしか存在しないのですが、何らかの原因によって子宮の周囲や卵巣などにこの内膜ができ、月経のつど出血するのが子宮内膜症です。卵巣にチョコレート色の血液がたまって腫れてきたり、子宮の周りに癒着が起こったりして、先に述べたような症状が引き起こされるのです。

 子宮内膜症が増えているのは、初経年齢の低下や晩婚・少子化などで女性が月経を経験する期間が長くなっていることと関係があると言われています。また、診断技術が進歩して見つけやすくなったとも言えるでしょう。 子宮内膜症は女性ホルモンの影響を受けるので、月経のある間はこの病気と付き合っていかなければなりません。厚労省の調査によると、働く女性の3分の1が月経痛のために仕事に支障をきたしていることが分かっています。この中に子宮内膜症によるものも含まれます。激しい痛みに加えて、心ない言葉に傷ついたり、自分自身を責めたりして悪循環に陥っている場合もあります。子宮内膜症は不妊とも関係があるので、「よくある月経痛」と自己判断せずに、早めにきちんと診断を受けることが大切です。同時に、このような女性特有の病気に対して世の中の理解が望まれます。(大阪樟蔭女子大学教授・三宅婦人科内科医院医師、甲村弘子)

毎日新聞 2007年5月20日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第7話 子宮筋腫の手術法

はな32.jpg

第7話 子宮筋腫の手術法

7センチの子宮筋腫がみつかった40代前半のT子さんの話です。T子さんの場合は過多月経と貧血という症状があったので手術を勧められました。

 筋腫の手術を受ける女性のピークは40歳代です。手術には、筋腫(良性のこぶ)だけを摘出して子宮を残す方法と、子宮を全摘出する方法とがあります。開腹して行う手術が一般的ですが、内視鏡を腹腔(くう)内に入れて行う腹腔鏡下手術も広く行われるようになってきました。おなかの傷が小さくてすみ、日常生活への復帰も早くできます。

 T子さんは、主治医と相談の上、腹腔鏡下の子宮全摘出を選びました。腹腔鏡下手術は、筋腫の個数や大きさに制限のある場合があり、担当医とよく相談して手術方法を決めることが大切でしょう。

 T子さんは手術前に、女性ホルモンの分泌を減らして筋腫を小さくするための注射を受けました。この方法は、閉経後と同じようなホルモン状態になるので、手術前や閉経が近い人に限って用いられている方法です。

 近年、子宮筋腫に対する新しい治療法が開発されてきました。子宮動脈塞栓(そくせん)術と収束超音波治療法です。どちらも手術をせずに筋腫核を小さくしようとする治療法なので、体の負担は軽くなります。しかし、今のところ施行する施設は限られており、健康保険も適用されません。今後、施行例が増えてデータが集積されることが期待されます。

 筋腫の治療を選択する際には、症状があるかどうか、将来妊娠を希望するかどうかがポイントになります。治療法の利点と欠点をよく理解して、納得の上で治療を受けることが重要です。(大阪樟蔭女子大学教授・三宅婦人科内科医院医師、甲村弘子)

毎日新聞 2007年5月13日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター

posted by 舞姫 at 18:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第6話 4人に1人が子宮筋腫

はな31.jpg

第6話 4人に1人が子宮筋腫

成人女性の4人に1人が持っていると言われる子宮筋腫。産婦人科の日常診療の中で最もよくみられる疾患の一つです。

 40代前半のT子さんは、最近月経の量が多いことが悩みの種でした。月経血にレバーのような塊が混じり、1〜2日は出血量が多くて仕事もままなりません。職場の検診で貧血を指摘されていましたが、忙しさから放置していました。

 子宮筋腫とは子宮の筋肉にできる良性の「こぶ」のことです。大きくなる速度は遅く、他の臓器に転移することはありません。筋腫のできている部位や大きさによって症状の表れ方が異なり、困った症状が出るのは筋腫のある人のうち3〜4人に1人です。症状が表れるのは30代後半から40代にかけての人に多く、頻度の多い症状は過多月経と月経痛です。

 月経血の量が増える過多月経は貧血の原因となり、「職場や地域の健康診断などで貧血を指摘されたら、まずは子宮筋腫を疑ってみるべき」と言えるでしょう。筋腫が大きくなって腰椎(ようつい)や膀胱(ぼうこう)を圧迫すると、腰痛や頻尿を起こします。さらに子宮内腔(ないくう)が変形してくれば不妊症になったり、流産や早産を起こしやすくなったりもします。子宮筋腫は思春期前の少女にはみられず、閉経すると小さくなることから、卵巣から分泌される女性ホルモンが深くかかわっていることが分かっています。しかし、なぜ筋腫ができるかは分かっていません。

 近くの産婦人科を受診したT子さんは、検査で直径7センチの筋腫が見つかり、子宮を全摘出する手術を勧められました。次回は子宮筋腫の治療のお話をします。(大阪樟蔭女子大学教授・三宅婦人科内科医院医師、甲村弘子)

毎日新聞 2007年5月6日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第5話 からだのサイクルを知る

やま.jpg

第5話 からだのサイクルを知る

30代のE美さんは、昇進してからバリバリ仕事をこなしていますが、からだがだるかったり、理由もなくイライラして部下にあたったりすることが周期的に起こっていることに気づきました。症状が表れるのは決まって月経の10日ほど前。月経が始まると症状は急速に改善されます。相談した友人から月経前症候群(PMS)ではないか、と言われて婦人科のクリニックを訪れました。

 月経前に「気分が沈む」「不安になる」「足がむくむ」など、いつもとは違う心やからだの不調を感じている人は少なくありません。軽いものまで含めると7〜8割の女性が経験していると言われています。PMSの原因は十分に分かっていませんが、女性ホルモンの周期的な変動が脳内の神経伝達物質に影響を与えて症状が引き起こされているのではないかという説が有力です。

 PMSに対処するには、基礎体温を測って自分の心やからだの変化を記録することが有効です。月経の周期と症状の関係が分かって、はじめてPMSだと理解する人もいますし、分かっただけで症状が軽くなることもあります。自分のからだのサイクルが分かれば、調子の悪い時期はしんどいことを避けることも可能になります。

 また、ホルモン剤や抗うつ薬などを上手に利用して症状を緩和することも効果のある方法です。

 E美さんは薬を使って症状を軽くし、働き方を見直してみました。スケジュールを詰め込み過ぎたり、何もかも自分で解決しなければと考えたり、ささいなことで自分を責めたりすることはできるだけ避け、さらに、食事のバランスに気をつけ、睡眠を十分にとり、運動も心がけました。その結果、症状は見違えるほど改善されました。(大阪樟蔭女子大学教授・三宅婦人科内科医院医師、甲村弘子)

毎日新聞 2007年4月29日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター

posted by 舞姫 at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第4話 月経痛、我慢しないで

はな30.jpg

第4話 月経痛、我慢しないで


月経時に症状がひどくて仕事や日常生活に支障をきたしている女性は、決して少なくありません。おなかや腰の痛み以外に吐き気、頭痛、下痢を伴うこともあります。20代のN美さんも月経痛がひどい一人。時には吐き気を伴うこともあって、月経中はなかなか仕事に集中できません。母親から「薬は癖になるので、できるだけ飲まないほうがいい」と聞かされてきましたが、薬なしではもう限界です。

 薬は癖になるのでしょうか。そんなことはありません。正しい量や飲み方を守れば、安心して飲んで大丈夫です。快適な生活が送れるように、鎮痛剤を飲むことをお勧めします。こつは「痛くなりそう」という時に早めに飲むことです。痛くなってからでは効き目が落ちます。市販の鎮痛剤でおさまらなければ、病院で処方してもらうと良いでしょう。漢方薬や低用量ピルも効果があります。「強い痛みがやってくる」というストレスが悪循環になってさらに痛みが増すこともあるので、この悪循環を断ち切りましょう。

 からだが成熟するにつれて月経痛はだんだんおさまってくることが多いのですが、逆にひどくなってくる場合やこれまでとは違う痛みがある時は、他の病気が潜んでいる可能性もあります。子宮内膜症や子宮筋腫などです。その場合は婦人科を受診してください。

 適度な運動は血液循環を促進させて骨盤内のうっ血を解消し、気分転換にもなり、月経痛を和らげるのにたいへん効果があります。ウオーキングや水泳、ヨガ、ストレッチなどを続けることで月経痛が軽くなった患者さんがたくさんいます。もちろん、腰やおなかを冷やさないことも大切です。(大阪樟蔭女子大教授・三宅婦人科内科医院医師、甲村弘子)

毎日新聞 2007年4月22日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第3話 女性ホルモンの働き/2

はな29.jpg

第3話 女性ホルモンの働き/2

30代後半のM子さんは2人の子供のお母さん。3年ほど前から月経の間隔がだんだん長くなり、ついに1年近く月経がありません。自覚症状はないのですが、念のために検査を受けると、早くに閉経する病気であると伝えられました。原因不明で治療法はなく、ホルモン剤の服用を勧められました。M子さんはもう子供を産むつもりはないし、月経がなくても差し支えはないように思いました。

 月経があるのは女性ホルモンがきちんと分泌されているという証明です。女性ホルモンの最も大きな働きは妊娠・出産にかかわるものですが、それだけでなく、皮膚や毛髪、血管、骨、脳など女性のからだ全体に大きな影響を与えています。

 女性ホルモンは皮膚に弾力性を持たせ、みずみずしさを保ちます。また、髪の毛に張りを与えて抜けないようにします。女性ホルモンは心血管系への作用も大きく、血液中のコレステロール値を下げ、動脈硬化を予防する働きがあります。骨からカルシウムが溶け出すのを防ぐ働きもあります。結果的に骨量を増加させ、骨を丈夫にします。閉経して女性ホルモンが不足すると、骨量が急激に減少するため、骨粗鬆(こつそしょう)症になりやすくなります。

 女性ホルモンとアルツハイマー病との関係が知られるようになりました。女性ホルモンは脳神経細胞を保護し、脳の血流を増加させます。記憶力も向上させるのではないかと、考えられています。

 このように、月経のある時期の女性は女性ホルモンによってさまざまに守られていると言えるのです。M子さんに説明をしながら、これからの治療方法について相談しました。(大阪樟蔭女子大教授・三宅婦人科内科医院医師、甲村弘子)

毎日新聞 2007年4月15日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター

posted by 舞姫 at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第2話 女性ホルモンの働き/1

はな28.jpg

第2話 女性ホルモンの働き/1


 高校生のA子さんが診察室にやってきました。娘の月経が半年間も止まり、「子どもを産めなくなるのでは」と心配したお母さんに連れられてです。

 A子さんは「ないほうが楽でいい」くらいに思っています。原因はダイエットでした。A子さんのからだはエネルギーが枯渇し、「子孫を作る」ためのホルモンを出すどころではなく、生きていくためのエネルギーを生み出すだけで精いっぱいの状態でした。

 女性ホルモンの分泌は、脳と卵巣との微妙なやりとりの上に成り立っています。コントロールをしている脳の視床下部は、自律神経の大元締めであり、ストレスを感知するところでもあります。ストレスがあると、視床下部のホルモン分泌の指示が乱れてしまい、排卵がうまく起こらなくなります。月経が不順になったり、月経が止まったりするのです。月経のリズムはとてもデリケートで、環境の変化や体重の減少などにすぐに反応します。日数のズレなど少しの不調なら様子を見ればいいのですが、3カ月以上月経がない時は放置しないで受診するほうが良いでしょう。女性ホルモン不足の程度がひどくて長く続いた場合、子宮が小さくなったり、骨が薄くなったりしてしまいます。あるいは、他の原因が隠れている場合もあります。

 A子さんには詳しい説明をして、「月経がきちんとあることは健康のバロメーターである」ということを分かってもらいました。女性ホルモンは思春期だけでなく一生にわたって女性のからだにかかわっています。次回はその話をしましょう。(大阪樟蔭女子大学教授・三宅婦人科内科医院医師、甲村弘子)

毎日新聞 2007年4月8日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター

posted by 舞姫 at 17:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第1話 一生の健康の担い手

はな27

第1話 一生の健康の担い手

心やからだに表れる症状は、その女性がそれまで生きてきた状況や社会環境と密接な関係があります。「嫌われたくないから」と、相手に避妊を言い出せずに人工中絶を繰り返し、そのためにからだを害してしまった女性。過度なダイエットから摂食障害になり月経の止まった思春期の女性。「よき妻、よき嫁でありたい」と、家族の世話に加えて夫の両親の介護や兄弟の世話に明け暮れ、うつ症状を呈してきた更年期の女性。女性は子どもを産んで一人前という古い価値観がまだまだ残る社会で、「子どもはまだ?」という一言に、心もからだも深く傷ついてしまう女性。

 産婦人科医として多くの患者さんに接していますと、これらの女性のように、からだの症状を通してその背後にある精神的なトラブルやその人を取り巻く生活状況が見えてくることがあります。

 産婦人科医は、心の治療の専門家ではありませんが、それでも、そのような患者さんが回復するためには、精神的ストレスや生活背景にも配慮することが欠かせないと感じます。

 時代の流れとともに、産婦人科医の役割も変化してきました。産婦人科は妊娠した女性が受診するところ、というのは昔の話。私の診察室には小学生から80代まで、実にさまざまな年代の女性が訪れます。

 産婦人科医は妊娠や出産にかかわるばかりでなく、月経不順や性感染症、避妊、更年期、そして更年期以降30年以上もある老年期のケアなど、一生を通じた「女性の健康の担い手」と言えるのです。幸いなことに、敷居の低い産婦人科を心がける医師が増えていますから、患者さんの側も産婦人科についてアンテナをめぐらせていただきたいと思います。

 妊娠や出産、避妊や性感染症など、女性の問題はすべて男性と女性との間で起こってくることです。この欄は女性だけでなく男性の方にも読んでほしいと願って、連載を進めていきたいと考えています。(大阪樟蔭女子大学教授・三宅婦人科内科医院医師、甲村弘子)

毎日新聞 2007年4月1日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター

posted by 舞姫 at 17:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月05日

第3話 プラス面に目を向けて

ふうけい127.gif

第3話 プラス面に目を向けて

悲観的な考えを続けるとうつ状態、ひいてはうつ病になり、うつ病にかかると悲観的な考えになる−−。これはまさに悲観とうつの悪循環です。

 人生で不幸や悲惨を体験しますが、必ずしもうつ病を発症するわけではありません。米国での調査で、健康的な100歳老人は、悲惨な体験をしても楽観的に生き、うつになるのが少なかったとされています。楽観的に生きることはうつ病を防ぐようです。

 あなたは楽観的でしょうか、悲観的でしょうか。簡単な心理テストを紹介します。グラスに半分残った水を見て「まだ半分ある」と考えるか、「もう半分しかない」と考えるのか、どちらでしょうか。

 前者は楽観的で、後者は悲観的です。悲観的な考えは、人生のさまざまな出来事の嫌な面、悪い面ばかりに目がいき、否定的な思考やマイナス思考に陥ります。このような考えでいると、実際にマイナスの結果を呼び込んでしまいます。そして悲観的な考えを持続すると悲観主義者に陥り、出来事の悪い面ばかりに目がいき、否定的な考えになり、うつ状態、ひいてはうつ病を発症します。

 人生を悲観的に過ごすか、楽観的に過ごすかは、我々自身のものの見方や考え方のなかにあります。どんな出来事や体験もマイナス面とプラス面があります。楽観的になるには、このプラス面に目を向けるのです。日々の嫌なつらかった出来事について、プラス面とマイナス面を列挙し、プラス面に目を向ける訓練をしましょう。そのプラス面にあなたの独自の意味ある価値や可能性を見つけるようにしましょう。次回は「うつにならないための不眠対策」についてです。(大阪市立大大学院医学研究科教授・神経精神医学、切池信夫)

毎日新聞 2007年4月21日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
posted by 舞姫 at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第2話 楽天主義で病を防ぐ

ふうけい123.gif

第2話 楽天主義で病を防ぐ

昔から、笑いやユーモアが健康に良いということはよく知られています。例えば「笑いは人の薬」ということわざがあります。

 笑いの心身に及ぼす効用についての研究と、前向きで楽しい生き方を普及するために「日本笑い学会」が設立されています。大笑いすると、呼吸数が増えて横隔膜の良い運動となり、呼吸器系、循環器系などの内臓の働きを高め、新陳代謝を活発にします。さらに免疫機能を高めることも科学的に証明されています。精神面に及ぼす影響についてみますと、笑いやユーモアは不安や緊張、恐れ、憂うつ、悲しみ、落胆や絶望から一時的に解放してくれます。

 ストレスや疲労の蓄積は、うつ病の発症に大きく関係しています。うつ病にかかると憂うつで悲観的な考えに支配され、人生を否定的にとらえます。また、何事に対しても億劫(おっくう)となり、毎日悲嘆にくれ、笑いのない暗い生活になります。

 このような状態にならないために、日ごろから笑いやユーモアのセンスを磨いて大いに笑うことが、ストレス対処能力を高め、うつ病を予防します。

 現在、うつ病の治療としてよく用いられている認知行動療法は、考え方を楽天的にする精神療法とも言われています。楽天的な考え方は、人生の困難辛苦を肯定的にとらえ、マイナス思考をプラス思考に変え、笑いをもたらして憂うつな気分を取り除きます。笑いとユーモア、楽天主義的考え方がうつ病を防ぐのです。次回は「楽観的になるために」についてです。(大阪市立大大学院医学研究科教授・神経精神医学、切池信夫)

毎日新聞 2007年4月14日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター

タグ:うつ病
posted by 舞姫 at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月04日

第1話 誰でもかかる「風邪」

ふうけい122.jpg

第1話 誰でもかかる「風邪」

 うつ病は「こころの風邪」と言われるぐらい、誰でもがかかる可能性のある「こころの病気」です。一度かかると、つらくてしんどく、家庭や学校、職場での日常生活に支障をきたします。多くは薬物療法や精神療法で良くなりますが、こじらせて長引くと、つらくて暗い人生になります。うつ病は一つの原因で生じるというより、性格、考え方の癖、対人関係、生活習慣、ストレス、身体の状態、脳内のホルモンの働きなど、さまざまな要因が相互に関連して生じるものと考えられています。従って、これらを変えることにより、うつ病を予防することができます。

 そこで、これから毎週、うつ病にかからない考え方や生活習慣などを中心に、うつ病の早期発見や治療法などについて紹介します。

 今回は、憂うつ、うつ状態、うつ病の違いについて説明します。うつは「ふさがる、気持ちが晴れない」など、気分が落ち込むことを言います。誰もが経験する感情で抑うつ気分とも言います。うつ状態とは、抑うつ気分、悲観的な考え、何をするのも億劫(おっくう)になるなど精神全体が落ち込んでいる状態で、躁(そう)うつ病や慢性身体疾患、深刻な悩みや強いストレスなどで生じます。

 うつ病は、うつ状態が最低2週間以上続きその間に楽しいことがあっても、気持ちが晴れて楽しく、意欲がわいてくるというような日がありません。また生きていても仕方がないなどと考えてしまいます。そして不眠、食欲低下、性欲低下、頭痛、疲労、全身の倦怠(けんたい)感などの身体症状を生じます。そのため日常生活や社会生活に支障をきたします。次回は「笑いはうつを防ぐ」について。(大阪市立大大学院医学研究科教授・神経精神医学、切池信夫)

毎日新聞 2007年4月7日 大阪朝刊



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
タグ:うつ病
posted by 舞姫 at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月07日

第24回プライドの育て方 精神科医・斎藤学

こいびと3.jpg

第24回プライドの育て方 精神科医・斎藤学


患者のひとりに30歳代前半のゲイがいる。彼はそのことをクリニックではオープンにしているから、その件で来院しているわけではない。人間関係で緊張するという現代では当たり前の悩みの治療のために私に会いに来ている。まずいことに彼は接客業だ。もっとも、これも良くあることだが、彼は通りすがりの客には、それほど緊張感を持たない。何回か顔を合わせる関係になるとジワリと恐怖感が出てくる。今の彼の職場は、あるレストラン・チェーンだが、職場にいるアルバイトの学生たちが怖い、自分の悪口を言って笑っていると悩んでいた。

 その職場も既に6年目に入ってそろそろ店長にという話が出ている。最近こんなことがあったと先日の診察のときに語っていた。これは男性の大学生だったそうだが、バイトなのに当初から生意気なヤツだったという。その男が店長である彼の見ている前で衛生上の必須手続きを省略した。今までだと相手の顔色をうかがいながら自分でやり直していたところなのだが、そのときの彼は自分でも気づかないうちにその学生を厳しく叱っていたそうだ。当たり前のことのようだが、彼にしてみると叱りながら、なぜこんなふうに振る舞えるのか不思議に思ったという。

 このときなぜ叱れたか。ただ店に慣れてきただけということではないだろう、と私は思った。彼は20代のとき、家電店に長く勤めていたのだが、パート職員をコントロールできなかった。それで副店長にという話があったときに恐怖のあまり辞職した前歴がある。今回、何とかやれているのは彼なりにプライドを持てるようになっているからだろう。多分、ゲイである自分を自分自身が受け入れられるようになってきているのだ。そのことなら以前から出来ていたつもりの彼だが、「皆」に言えていたわけではなかった。ここで「皆」というのは、その人なりに考えている「人々」のことである。彼にとってはそれがクリニックのグループ療法で席を共にしている人々だったのだと思う。

 ゲイであろうとレズであろうとMTF(male to female 性器は男性だが女性であることを自然と考えるという性別同一性を持った人)であろうと、その逆のFTMであろうと、クリニックでは別に特殊なことと見なされていない。この雰囲気の中に長くいるうちにこの男性は自分の性対象嗜好を特別なことと思わなくなり、その分自分の誇りということに鈍感でなくなったのだと思う。事実、最近では私との診察場面でもゲイのことなど話題にも出ない。出るとすれば、仕事が忙しすぎて好みのパートナーを探せないという愚痴くらいなものだ。

 彼は美しい少年が好きだ。実は数年前までの彼はこのことのために性犯罪を犯しかねない危険があり、だから私の治療対象になっている。だからプライドどころの話ではなかった。今の彼は私の前で安心して性対象の夢想を語る堅実な男だ。だから一度は放棄したプライドがよみがえったのだ。プライドは無くてはならないものだが、有害な場合もある。なけなしのプライドを守ろうとして傷つけられることを怖れていると、かつての彼のように人とかかわれなくなってしまう。プライドの育て方を語るとなると、それだけで一冊分が必要になるが、そのコツを敢えて一言で言えば、「自分と和解する」ことだと思う。「自分が自分を受容する」ことと言っても良い。この際大切なことは「無条件の受容」である。症状を持っていようと、問題行動を繰り返していようと、そういう自分をも含めて受容する。一見わかりやすいようでいて、実践しようとすると困難極まるのが、この「絶対受容」だ。これについては理屈を抜きにして、それができている人を見習う他ない。だから私はグループ療法を重視している。

タグ:こころ
posted by 舞姫 at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月05日

第22回ブログ 精神科医・斎藤学

あは1.jpg

第22回ブログ 精神科医・斎藤学

以前に書きためて事務所や書斎の床に置かれていた原稿をどこかに出したいとはかねがね考えていた。一冊の本にするほどまとまったものではないが、さりとてこのまま死蔵するのももったいないかなという程度のものである。

 そうしたものの中に、数年前の公開カウンセリングの問答をまとめたものがあった。公開カウンセリングというのは、カウンセリングとはいうものの一種の講演会で、ただ内容をそのつど考えるのが面倒だから参加者の質問に答える形にしようという、はなはだ不精な企画である。結果としてQuestion & Answer(質疑応答)の形式になるのだが、これが面白い(と私は思う)ので、ある時期文章にしてみたことがある。

 書いてみると面白いのは質問の方で、この時代を生きる人の悩みというか、問題意識というか、そうしたものが生々しい。私の答えの方は大したことがないので今まで死蔵してきたのだが、せっかく時間をかけたことでもあるし、誰かに読んでもらおうと思ってウェブに流してみることを思いついた。私の方はこうしたことに詳しくない。流すと言ってもどんな形にするか思いつかないでいるうちにブログという言葉を耳にしたので、それでいいやと思った。これは本来個人日記みたいなもののようだが、私の場合、今の気持ちを書くのは新聞(東京新聞とここ)のコラムで足りているから、死蔵原稿の垂れ流し場所にする。それに反応(質問はナシ、感想はオーケー)してきた人の言い分を種にしてこちらの言いたいことを書くというのをやっていれば、とりあえず中身の種はつきないだろう。

 「感想はオーケー」と言っても、取り上げるかどうかは私の一存という勝手ルールだから、要するに私からの一方通行である。今のところ「感想」への「反応」は十分書けない。何分、流さなければならない以前のQ&Aが、まだまだ大量にあるから、そちらを優先している。今のところカルトからの脱会、対人恐怖、脱毛癖、養母への怒りなどを載せ終えたところだが、しばらくすると息子の引きこもりやギャンブル&借金癖、娘の過食症や万引き癖などが多くなるはず。親たちの質問を後回しにしたのは、当事者本人への答えよりも長くて重くなるからである。気が向いたらのぞいてみてください(http://www.iff.co.jp)。

 そういうわけで今の私は6〜7年前に自分が発声したものを通読するという体験をしているわけだが、今と変わらないことを言っているのに驚いている。進化していない。一貫しているのは質問者が気づかずに備えている問題解決への「力」に気づかせようとしていることで、次のようなやりとりがその一例である。

(斎藤)その他にあなたの「力」と思えるところはありますか?

(質問者)さあ、力と呼べるようなものはなにも……

(斎藤)熟練した彫刻家は木や石から形を作るんじゃないんですってね。木や石に備わっている形を取り出すんですって。創作って余計なものを取り除く作業みたいですよ。

 我ながら気障なセリフで恥ずかしいが、あのとき、あの自信のない青年に、あの文脈で語るにはこれで良かったのだ。次に紹介するのは、ほんの昨日、境界性人格障害と呼ばれる人々の治療について書いた論文の一節である。この二つの引用の間には変化も進歩もないことがおわかりになるだろう。

 「危ない人」を長年にわたって治療してきた臨床家として、筆者は彼らの回復を悲観していない。そもそも筆者の前に現れるまで、彼らは「持続的な不機嫌」を抱えながらも何とか生き延びてきたのである。しかも彼らは自力で筆者という治療者を探し当て、更に良い人生を求めて来院してきた。この「力」こそ、彼らの回復を導く芽であろう。患者/クライエントは自らの不快/嫌悪体験やそれにまつわる感覚/感情/想念/行動(これらを「症状」と呼ぶ)に導かれて治療に参加するものだから、実は彼らの症状こそ彼らの「力」に他ならない。



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
タグ:こころ
posted by 舞姫 at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月28日

第21回「ウツのフリ」の効用 精神科医・斎藤学

第21回「ウツのフリ」の効用 精神科医・斎藤学

 大柄な男女が診察室に入ってきて私の前に座った。2人は夫婦で妻は30代前半、夫は40前後といったところか。後から入ってきてのっそりと私の右前に座った男の胸には袋状のものがぶら下がっているなと思ったのだが、それが生後2カ月の乳児と気づくのに時間がかかった。「あれ、どうしたの? お産じゃなかったっけ?」「だからほら」というような会話があって、妻が指さしたのは夫の胸に下がった袋だった。「え?」と言いながら良く見ると袋の上に小さな頭らしきものがある。「赤ちゃんか!」という私の叫びに呼応するかのように夫は体をひねって乳児の顔を私に見せた。クシャクシャで赤い。

 こんな経験をすることが多くなった。多くなったといっても今年に入ってからはこれが3件目だが。3件のうちの2件は妻にあたる人に「境界性人格障害」の診断がついている。最近は知る人も多くなった診断名だが、特有の対人関係上の困難を抱えて生きるのが難しい人たちだ。リストカットを始めとする自傷行為、自殺を目的とした大量服薬、信頼を寄せた人に対する憤怒や憎悪、日常生活を覆う空虚感と寂しさ、寂しさをまぎらわせるための様々なアディクション、といったものが原因で私と出会うことになった人々なので、治療者である私にしても気の抜けない「お客さん」たちである。

 この女性の場合もこの6年間、薄氷を踏むという言葉そのものの治療が続いた。この間、自殺未遂が数回、その1回は3階居室からの飛び降りで、大腿の骨折で通院にも苦労していた。衝動的な浮気が1回、入院が2度、リストカットなどの自傷行為は日常の茶飯事で特に治療開始後数年が激しかった。リストカット(彼女たちの言う「リスカ」)については「確信犯」で、一時はそのような「趣味」の人々のサークルやサイトの常連だったが、今もそうなのかどうかはわからない。2年ほど前から種々の衝動行為が減ってきて、抑ウツ感や不眠の訴えのみを残すようになったからである。3年ほど前には自殺念慮がひどく再入院してもらったが、それがきっかけになったとは感じていない。入院なら以前もしていて改善しなかったし、このときの入院も「双六の休み」みたいなものと割り切っていたからである。

 それよりも、この入院をきっかけに私が夫との個別面接を始めたことに意味があったと思う。その面接の際、夫に「ウツ病」を演じることをお願いし、念のため抗ウツ剤も処方した。要するに「眠れない」、「ゆううつだ」、「頭が重い」と言い、週末には寝込むようにと指示したのだ。夫は職場の元同僚でもあったこの女性を心から愛していると思う。しかしその当時はさすがに疲れていたから、この指示には従いやすかったのだろう。良く演じてくれた。それによってこれが「怒り発散法」であることを身をもって体験できたから、妻の抑ウツを理解するにも役だったろう。妻の方にしても浮気問題以来、夫の前で萎縮していたので、辛そうな夫を介護することは新たな相互交流をセットすることになるだろうと思ったのである。以来、マッチョで頼りがいがあって女房の不始末を怒鳴りまくる夫は、妻の介護に頼りながらやっと会社に通う人になった。彼女の問題行動の消褪は、このことに関係していたと思うのだ。

 この夫が以前の勢いを取り戻して迅速果敢な動きを示したことがあった。実はここで妻と言っている女性には幼児期から学童期にかけて近親姦の既往があった。加害者は兄で、挿入を含むかなり深刻な外傷体験だったが、私のところへ来るまで、そのことを誰にも明かさずに生きてきた。自己破壊的な衝動行為が消え、夫の介護を通して自らの「力」を自覚しはじめた時、この女性がまずしたことは、長年訪れることのなかった実家に帰り、父母と兄と親族を集め、彼らに自らの受難を語って聞かせることだった。この時夫は、仕事を放り投げて妻の傍らに終始寄り添い、親族の前では黙々と出席者の発言をノートした。妻の兄は妹の記憶を否定しようとしたが、ついにはその記憶の正確さを父母の前で認めざるを得なくなり、夫婦に改めて謝罪することを確約した。今思えばその頃妻は既に妊娠していたのだ。断っておくが、これら一連の行動について、私は何の教示も示唆もしていない。すべては彼らが自らの判断と発意で行ったことである。

 ごく簡略につけ加えておきたいことがある。いわゆる境界性人格障害者の中には少なからざる割合で児童期性的虐待の被害者が含まれる。このことはジュディス・ハーマンによって既に指摘されていたことだが、改めてこの事実の重要性を指摘したい。というのも最近、ハーマンを魔女呼ばわりして彼女の業績の一切を否定するかのような論説(そうした類のトンデモ本が朝日新聞の書評欄に麗々しく取り上げられたこともあった)が一部に行われているからである。こうした人々は児童期の被害体験そのものを「捏造(ねつぞう)」された与太話として切り捨てて身を守ろうとする点で、ここに紹介した妻の兄(加害者)の側に身を寄せていると言わざるを得ない。



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
タグ:こころ
posted by 舞姫 at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月27日

第20回産まない理由 精神科医・斎藤学

第20回産まない理由 精神科医・斎藤学

その母親は日本橋のデパートにつながる地下鉄の狭い階段を登っていた。先を進む6歳の息子と2歳の娘を目で監視しながらベビーカーを抱え、肩には子どもたちのタオルや着替えをつめたトートバックが重く垂れていた。ポケモンセンターを目指していたのだ。

 突然、後方から「退けよ、オラ」という野太い声がかかり、ベビーカーを支える腕が強引に押しのけられて初老の男が脇をすり抜けた。邪魔な物体のように退けられた女性は人前でオドオドしてしまうタチだったが、この時は前方にいる子どもたちへの心配もあって思わず大声をあげた。「ナニすんのよ!すいませんくらい言えないの!」。男は女性の大声に気圧されたように顔を半分後ろに向け「何だ?」と凄んだが、そのまま駆け抜けた。その際、追い越した息子になにやら「捨てゼリフ」を投げたが、息子は「わかんなかった」そうだ。

 数日後、その母親は興奮しながら私たちに「事件」を話した。我慢していたのだという。その直後は怒るというより悲しくて涙がこぼれそうになったが、世田谷から日本橋まで2人の子を連れてエッチラオッチラたどり着いたのだから、こんなことでくじけては損だと思うことにしたそうだ。無理にも笑顔を作って子どもたちと遊んでこそ、さっきのジジイへの復讐だと考えることにしたという。

 彼女はこの話をするとき「あのジジイめ!」と叫ぶほどに我慢していた。我慢には理由がある。この女性は結婚まで専門職として働いていたが2人の子を抱えてから、家事育児に専念するようになった。夫は激務の中にいる人で帰宅も遅い。夫の帰りをひたすら待つ生活を続けているうちに誰にともなく怒りがわき、子どもを叩きたくなったりする。そんな自分に絶望的になるのだが、最近まではデパートでの買い物で憂さ晴らししていた。その買い物でのつかい過ぎが露顕して、夫にクレジットカードを取り上げられてしまったのがきっかけで、私のクリニックへ来ることになった。つまり彼女は「買い物依存症」ということになっているので、子連れのデパート訪問を夫には言いたくなかったのだ。「買い物」の裏には抑うつ気分があり、そのまた背景には夫婦間のコミュニケーション不全があったというわけだ。

 彼女の話を聞きながら私は1970年代初めのパリでの生活を思い出していた。当時私はフランス政府の指示で語学校に通わされていた。週に数日、病院勤務が終わるとクラスに遅刻しないように大急ぎで駆けるのだが、その時刻になると待っている老婦人がいるので、本当は駆けても遅刻するのだ。彼女は私の来る時刻を覚えていて数本の水やワインの入った買い物バッグ(車のついたもの)を持ってアパルトマンの前に立っていた。駆けてくる私をうれしそうに迎えて挨拶する。私は彼女の買い物バックを抱え彼女の棲む4階まで運んであげた。

 表面はガッチリ見えるものの、パリのアパルトマンの壁は意外にペラペラ、木の階段は端がすっかりすり減り真ん中がツルツルしている。登りより下りが危ないので、大仰に礼を言う老女の声を背にしながら、転んで捻挫しないように注意深く降りたものだ。私が老女のお願い(というより「指示」)に従順だったのは、街角や列車の中でそのような光景を見慣れていたからである。若者に荷物の上げ下ろしを頼む老女たちは堂々としていて、若者たちは嫌がらずに頼みを聞いてあげている。フランスで驚嘆したもののうちの一番は、こうした光景だったかも知れない。「これはすごい」と私は思った。

 「弱者の保護は強者の誇り」というものが文化だとすれば、パリは流石に文化の都だ。1歳半の娘と、フランス語をまったく解さない妻を抱えてパリにいた私も、この文化にはずいぶんお世話になった。幼児を抱えた妻は老若さまざまな男女たちの世話をあたりまえのように受けていた。老女たちには「おしかり」さえいただいた。カフェで娘のねだるままにお茶に浸した砂糖を与えていた私たち夫婦は、隣の老婦人から「茶の害」なるものをたっぷり聞かされ、「子どもにあげてはいけません」としかられた。

 2005年の日本橋の建物は1972年のパリの建物より立派かも知れないが、人の心は野蛮だ。特にオヤジだの、ジジイだの、男たちの心は。若い女たちが子産みを躊躇(ちゅうちょ)するのは、こんな男たちに囲まれた母親たちの悲惨を見ているからだろう。



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
タグ:こころ
posted by 舞姫 at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第19回不安と妄想 精神科医・斎藤学

第19回不安と妄想 精神科医・斎藤学

「ある朝スウプは」(高橋泉監督・脚本・撮影)を観た。男女2人の関係が観察記録のように淡々と描かれている映画だが、不思議な吸引力がある。冒頭と最後の2場面で、若い2人はミソ汁で朝食を取るのだが、その間に2人の関係はすっかり変わってしまった。

 自分が恋人を理解できると信じていた女はそれが間違いだったと気づかざるを得なくなった。朝食をすませた男は2人の思い出が染みついたアパートを出て行く。こう書くとよくある恋愛の破綻のように思われそうだが、ここにあるのは浮気による三角関係などではない。三角関係は起こるのだが、それは男が「セミナー」と称する新興宗教にはまるからで、男は女の稼いだ生活費を強奪した上で、女から「セミナー」へと身を移すのである。

 男がセミナーにはまるのはパニック障害で電車に乗れず、失業が続いていたから、ということになっている。パニック障害というのは不意に襲う強烈な不安とそれに伴う一連の身体症状のことである。息の吸い方を忘れたような感じがして慌てる。それか過呼吸を生んで実際に酸素の摂取不全が起こり、これが筋肉のしびれなどの二次的な身体症状を起こす。

 脳という神経の塊はそれ自体で「心」を紡いでいるわけではない。脳は胎内にいた頃から外界や自己内部(例えばその人に固有の記憶)の刺激に反応し続けている臓器で、その反応群の集積の中から、その脳を持つ人にとって最も効率の良い現実把握の仕方が紡ぎ出される。これが「心」と呼ばれるものだから、それは錯覚の上に築かれた幻想に過ぎない。ところが内外の刺激の一部は、このパターン化された現実把握法の規定からはみだすので、辻褄合わせの錯覚や幻想が絶えず必要になる。

 時には辻褄の合わせようがない事態にも出会うわけで、不安とは、こうした際に生じる警告音のようなものである。私たちの日常は辻褄合わせの失敗やその予測に満ちているので不安は尽きないが、それは内外の現実との相互交流を絶やさないという点で健康のシルシとでも思えばいい。しかし不安が強烈すぎて辻褄の合わせようもないという場合もあるわけで、そうなるとパニック発作のような全身全霊を動員した無駄な空騒ぎが起こる

 パニック障害の治療とは、不安恐慌発作を起こす以前に持っていた現実把握のパターンを、より適応的に組み換えることである。この映画に出てくる失業青年の場合であれば、肥大した自己愛が傷つくことの恐れから不安を招いているように見えるので、そんなものが傷ついても何とかなることを体験させればいいし、そのような場所として設定された集団療法もある。しかし多くの場合、その種の治療は「恐ろし過ぎる」という理由で選択されず、薬物の服用だけで引きこもってしまう。そして一部の人は自己流の解決法を見出す。それは心の刺激源である現実の方を歪曲してとらえるというやり方で、これによって一応の辻褄を合わせようというわけだ。

 このようにして生じるのが妄想で、初めは被害的なものが多い。世の中は自分に敵対的だから隠れていようというのだから、辻褄が合う。やがて「自分は救世主」などの誇大妄想が生じるようになればユーフォリア(多幸感)さえ味わえるようになってメデタイ。映画の中の男は新興宗教が与えてくれる現実把握法によって、この種の安定を得たようだ。しかしそれは女が信じる現実とは違うから、彼女は取り残されてしまう。しかし「だから宗教ってイヤなのよ!」と叫ぶ女にしたって、自分の現実把握法に自信があるわけではない。だから、妄想男に「(信じることが)怖いだけでしょ」と言われると黙ってしまう。彼女もまた彼と「心」を共有しているという幻想ないし妄想を糧にして生きてきたのだ。



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
タグ:こころ
posted by 舞姫 at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月25日

第17回 アダルト・チルドレンの10年 精神科医・斎藤学

第17回 アダルト・チルドレンの10年 精神科医・斎藤学


AC(アダルト・チルドレン)という言葉が日本で飛び交うようになったのは、阪神淡路大震災や、オウム真理教関連の事件があった1995年だった。翌年には朝日新聞の「今年の言葉」なるものにも選ばれたそうだ。つまり、この言葉の持つ力に惹(ひ)かれる人々が日本にもたくさんいたということだ。

 なぜ1995年かというと、この言葉を必要とする人々を治療したり、そうした人々を取材したりする人々が、この言葉をタイトルにした数冊(私の記憶では3冊)の本を出版したからで、これらの本はいずれも、著者たちの予測を超えて売れたらしい。3冊のうちの一冊(「アダルト・チルドレンと家族」学陽書房)については、私自身が書き手だったので、その売れ方にびっくりしたことを証言できる。

 アダルト・チルドレンという用語は当初、アルコール依存症という「病気」を抱えた親(ないし親たち)のもとで育った子どもたちを意味したが、現在ではこのことをはっきりさせたいときには、ACoA(アダルト・チルドレン オブ アルコホリックス)という言葉を使う。アルコホリックスとはアルコール依存症に罹患(りかん)した人々のことである。つまりACそのものは、アルコール依存症という「病気」とは独立して用いられるようになっている。

 ACつまり、問題を抱えた親たちのもとで育ったために、安全な養育環境を供給されず、そのために心身の障害を抱えることになった人々、などはありふれている。日本の父親たちに見られるアディクションということになれば、アルコール依存症よりも、仕事依存症が多かろう。後者は「病気」と見なされないから、むしろそれだけ子どもの問題は深刻になる。なぜなら「父さんは、あんなに働き者で立派な人だったのに」と言われてしまうからである。

 しかし、父親が仕事や職場にかまけ、家庭では短気で暴力的だったり、放ったらかしの無責任だったりしたときの子どもは、その父親に飲酒癖があろうと無かろうと悲惨である。そうした家庭の場合、母親もまた配偶者の行動に一喜一憂しているうちに「おかしくなってしまう」からである。

 母親(母親が依存症者なら父親)がおかしくなることを「共依存(co-dependence)」と言い、これもまた一種のアディクションと考えられるようになってきた。共依存の人とは「自己の欲望を他者の欲望によって定義する人」のことである。わかりやすく言えば、「他人に必要とされる必要に駆られているうちに、自分が真に必要としているもの(欲望)が見えなくなってしまった人」のことである。こんな人が母親であったらタイヘンだ。

 この母親は夫の世話にかかずらって子どもを無視するかも知れないし、夫に絶望して子どもの世話焼きに没頭するだろう。言うまでもなく、日本の社会では、後者のような母親が多い。こうした母親は子どもを生き甲斐にし、自らの期待によって縛る。この縛りから抜け出ようとすれば、子どもは非行や引きこもりなどの「期待はずれ」を演じなければならないし、縛りに甘んじれば、自己の欲望の所在さえわからないロボット人間(AC)と化す。このように考えてくると、これはもうアルコール依存などのローカルな問題ではなくなってくる。

 そういうわけで「AC」は、一部の「病人」を指す言葉ではない。1995年からの数年、ACという言葉が世間の風にさらされていたころ、この概念の批判者が必ず述べた的はずれな指摘が「そんなこと言えば、誰でもACじゃないか」ということだった。彼らはこの言葉を「病人」のために用意されたと勘違いしていたからである。

 そう、そのとおり。「誰でもがAC」である。ただ、そこに由来する心身の病気が発展してしまった人々の方が、自分の問題の基底にあるものを見据(す)える機会に恵まれ、そこから脱したい、とも思えるようになるということなのだ。

 「私だってACだが、治療を受けたりするほど弱くない」という人は、そのまま生きればいい。ただし、我が子がおかしくなったら、この文章を憶(おも)い出すと役に立つだろう。



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター

タグ:こころ
posted by 舞姫 at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第16回 男と職場 精神科医・斎藤学

第16回 男と職場 精神科医・斎藤学


 「成長の過程で男は一度、母に捨てられる」というのは、私のかねてからの持論である。男の子の場合、母との親密性は、幼児期から児童期に移行するあたりで、突然に中断され、「男の子らしさ」を求められるようになるので、いろいろ問題を起こしやすい。

 女の子の場合これがないので、母と娘の特異な親密性は思春期初期(11〜12歳)まで続き、女の子たちはこの間、比較的に安定した精神状態を保つ。こうした一般論が該当しないことも確かに多いが、性差のこの側面には注目を払う必要があると思う。

 フロイトが「オイディプス葛藤」と呼んだものを母親側から見ただけの話ではないか、と言われればその通りだ。が、逆に言えば、フロイトが捨てられる少年の側の心細さと恨みを描写しなかったのはなぜか、という疑問にも駆られる。

 母から捨てられることに伴う「男の喪失感」について、母親側から取り上げたのはアメリカの精神分析家ナンシー・チョドロウ(『マザリングの再生産』)だが、最近、イギリスの社会学者アンソニー・ギデンス(『親密性の変容』)がこれに触れていることに気づいた。この母喪失の結果としてギデンスが強調しているのは、暴力、ギャンブル、アルコール依存、ポルノグラフィといった嗜癖(しへき)である。

 男たちは母の喪失に伴う肌寒さに背中を押されて、もはや喪われた子宮のような空間を世間の中に見つけようとして、これらに耽溺するのだ。少年時代は遊び仲間、悪ガキ仲間、突っ張りに暴走族。大きくなると職場が子宮代理となり、その中でクスリやオートバイ暴走や暴力や仕事が、仲間とのつながりのための道具となる。職場での評価は、とりわけ大切である。男たちの多くが仕事依存的であるのは、そうしていないと「誰にも相手にされなくなる」という恐怖のためだと思う。

 JR西日本の脱線事故では、107人が亡くなったという。傷ましいことだが、こんなときにも私は、事故の責任を問われる立場のまま死んだ若い機関士のことを考えてしまう。二分足らずの遅れを取り戻そうと、必死で走っていた彼もまた、仕事を評価されることを何よりも気にしていたのだろう。

 その上司たち、JR西日本の幹部たちもまた、超過密のダイヤを定刻で走らせることで仕事上の達成感を得ていたのだろう。こうした男たちが、我々の社会秩序を守っているわけだから、彼らの忠誠心の暴走にこそ注意を払わなければならない。彼らがどんなに無理をしても事故の起こりようがないような仕組みが必要なのである。



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
タグ:こころ
posted by 舞姫 at 01:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月24日

第15回 結婚制度の多様化を 精神科医・斎藤学

第15回 結婚制度の多様化を 精神科医・斎藤学

2007年から日本の総人口は減少に転じるという。日本の人口は、明治初期の3千数百万から、100余年の間に4倍増えた。明らかに人口バブルであるから、放置すれば急速に凋(しぼ)む。計算どおりなら、22世紀初頭には半減するはずというが、なにごとも予測どおりには進まないのが世の常。

 それは我々人類に、状況への対応という能力が備わっているためである。いま我々に必要なのは、少子化状況の看過ではもちろんなく、かと言って能天気な少子化歓迎論でもない。現実を踏まえた人口デザインの設計と、それをどのような対策によって達成するか、という地道な工夫こそ望まれる。

 ひとたび作られたシステムというものは、それ自体の中に現状を維持しようとする内的均衡のダイナミクスを自生させているものである。その良い例が家族システムで、相当に壊れた家族でもなかなか消滅しない。個々の家族成員が、愚痴(ぐち)を垂れ流しながらでも、そのシステムの維持のために動いてしまうからである。しかし、ある限界を突破するとスルスルと自壊する。

 日本の社会システムが内的均衡を維持し続ける人口規模は、おそらく1億前後といったところだろう。

 日本の歴史にも人口の減少ないし、停滞の時期(平安朝、室町時代、江戸中期)はあったが、その時代にこそ、今の私たちが日本固有の文化と感じているものが芽吹いた。最も新しい江戸時代中期についてみると、1730〜1800年の人口減少は−0.065%であったという。これを現在の日本人口に当てはめると、約800万人減の1億1000万人台になるが、このまま進めばそのようになるのは2030年ごろと予測される。

 5年以内に、以下に述べるような施策への着手が決断できるなら、将来の日本は以前の人口停滞期に見られたような独自の文化を世界に発散するようになるはずだ。

 現在、考えられる最も適切な対応は、結婚制度の多様化だと思う。具体的には、同棲を政府ないし、自治体に届け出ることによって、結婚に準じたものにしてしまうことである。これは、それほど奇異な提案ではない。

 すでに1999年、フランスではPACS(パクス=連帯市民契約)がこれを定めているし、アメリカの幾つかの州で採用されているシヴィル・ユニオンもこれと同様なものである。こうした法的準備をすることによって、女性たちは結婚抜きで、子どもが持てるようになる。これに出産育児手当制度(必要な施策の第二)を付け加えれば、シングル・マザーが爆発的に増加するはず。

 それとともに、シングル化社会が始まるので、婚姻制度は必然的に多様化する。シングル・マザーたちは働く女性でもあるから、当然育児施設の充実が促進され、「保育産業」が興隆して、ここに人材(もちろん男性を含む)が集まる。

 こうすると、寝ている時間は別として、数時間だけしか我が子と過ごせない母ばかりになる(一部富裕階級の奥方は別だが)。こうした母たちにとって、子どもと過ごす時間は何よりも貴重なものだから、「我が子を愛せない」などと悩まなくなる。

 つまり児童虐待、ないしその可能性に悩む母親は、ほとんど居なくなるだろう。



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
タグ:こころ
posted by 舞姫 at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月23日

第14回 被害者が語る場所 精神科医・斎藤学

第14回 被害者が語る場所 精神科医・斎藤学

心的外傷(トラウマ)の被害者たちの多くは、当初からそのようなものとして、治療の場に登場してくるわけではない。うつ病者や過食症者や自傷行為を繰り返す人格障害者として登場する。

 私がこうした人々に対して取る姿勢は、世間の人々が信じているように(患者自身が期待しているように)、積極的なものでも、能動的なものでもない。私は、彼らをポリローグ的 (多義言語的)な空間に誘う。ポリローグとはモノローグ(ひとり語り)。ディアローグ(対話)に対比しようとした私の造語である。

 ポリロジカルな空間とは、話し手の言葉が聞き手のそれぞれに異なった意味として届くような場所で、具体的には治療的グループの中の「語り」(ナラティヴ)を指す。この種の用語としては、「ナラティヴ・コミュニティ」というものもあるそうだ。そこに欠かせないのは、語り手の語りを感謝と共感をもって受け入れる好意的聴衆である。このような場で、聴衆のひとりとして、耳を傾けていると次のような語りが聞こえてくる。

 「昨夜は過食したのに眠れなくて自傷した。腿(もも)を斜めに切って血を流し、自分で止血しているうちに眠ってしまったようだ。今朝、外科医のところへ行って、8針縫った」。若い女性である。

 翌週、その女性はここ(クリニック)へ来るまで、「風俗の店で働いていた」と言い、そこで知り合った年下の男性客との長い関係が話されていた。次の週の語りは、売春を始めるきっかけとなった雨の日の強姦の話だった。その後、語りは中学2年から3年にかけて続いた同級の女生徒たちからの苛(いじ)めと、集団リンチ被害の話になった。「あんな思いをしながら私って、学校へ行かないっていう選択肢があることに、気づかなかったんです」。

 どうやらこの女性は、概(おおむ)ね、時間の針と逆回りの時系列で、自分の生きてきた空間について語り続けているようなのだが、語りの合間、合間に、勤勉で明るい看護師である母親、アルコール依存で家に帰らない父親についてのエピソードが顔を出す。この中学時代の過酷な通学について言えば、リンチ被害の後、この女性は母にそれを話し、母は娘と一緒に警察に行ったという。そこで被害届を出し、その足で学校の教師たちに対策を依頼したにもかかわらず、母親は、この女性が必死で乞(こ)い願う転校を許さなかった。教師たちは、加害者である女生徒たちに注意を与えただけで放置した。こうして、この女性は、大人たちがその場しのぎでしか対応しないことを身に浸みて実感し、彼らによって構成されている世の中にいることに絶望した。

 「でも、私は何もしませんでした。チクったことで苛めはいっそうひどくなったんですが、母が何かしてくれるという希望は捨てました。あの人(母)も、父のことと仕事のことで精一杯だったんだと思います。『もうすぐ卒業だから我慢しな』と言いました。私もそう思いました」。

 その翌週の語りは、彼女の無気力と絶望の所以(ゆえん)であるかのような別のエピソードに関するものだった。小学校4年の夏のある晩、この女性は闇の中で自分に覆いかぶさる兄の顔を見た。翌日から、電気をつけてシーツを身体にグルグル巻きにして寝たが、兄の侵入は止まらず、中学1年まで続いた。母には何度も告げたが、奇妙にもそのつどウヤムヤになった。

 彼女の絶望は、母親の無関心によるというより、その時以来続く「言葉というものへの無力感」のためだったのかも知れない。「あの人(母)は、ウチの子たちがひどいことになってるなんてことを見たくなかったんです。多分、私もそう感じてたんでしょう。だからハッキリしたことが言えなかった」。

 伝わらない言葉は、無力であった。だから今、この女性は言葉が本来の力を取り戻す場を求めているのだと思う。それはまだ戻っていない。過食も、自傷も、その部分を埋めているのだろう。

タグ:こころ
posted by 舞姫 at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第13回 詐病癖 精神科医・斎藤学

第13回 詐病癖 精神科医・斎藤学


 精神科医・斎藤学
 大阪教育大学付属池田小学校で発生した小学生連続殺傷事件は、世間一般にも、精神医学会にも巨大な波紋を残した。

 1997年、神戸市の郊外団地で発生したいわゆる「少年A」の殺傷事件は、現代日本の家族の中で何が生じているかについての議論を導くかに見えたのだが、2001年6月8日に宅間守という男が池田小学校に侵入し、刃物をふるって8人の学童(おもに小学2年生)を刺殺し、教師を含む15人を傷つけると、家族についての議論はぴたりと止まり、「頭がおかしくて危ない人」をどう閉じこめるか、という議論へと移行した。

 こちらの方は、ライシャワー大使刺傷事件を含めて何度も繰り返されては空転してきた話題なのだが、今回に限っては着々と論議が進み、ついに「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(略称、医療観察法)の成立(2003年)というところまで行ってしまった。

 この法律でワリを食うのは、地域で暮らしたい精神障害者なのだが、彼らはふつうの人(根拠なく自分の頭は正常と信じている人)以上に危険なわけではない。

 一方、この法律が成立して喜んだのは、天下り先が出来た官僚たちと、私立精神病院の院長たちである。後者はかねがね「厄介で危険な患者は公立機関で診てくれ」と要望しており、それが実現される好機と踏んだ日本精神病院協会は、自民党に献金までしてこの法律の通過を支持した。ひとたび法案が成立すると、我々はその効果的な運用に努めようと努力してしまう。しかし、考えなければならないことがある。

 宅間の犯行に絡んだ議論の中には「詐病(malingering)」という「診断」についての実のある議論さえなかったではないか。

 「詐病」と「虚偽性障害(factitious disorder)」とを区別して鑑別するようになっているが、これはいま信じられているほど簡単なものではない。虚偽性障害には外的誘因(社会的利害)がない、詐病ではそれが明確にある、ということになっているが、「代理による虚偽性障害」(我が子である乳幼児を作為的に発熱させて、緊急入院させる一種の児童虐待)などには、外的誘因と見なさざるを得ない例もある。

 逆に虚偽性障害の証拠とされる「病者の役割を維持しようとする精神内界の欲求」(Quick Reference to the Diagnostic Criteria from DSМ-IV-TR[邦訳・医学書院版]252ページ)が、詐病には決して見られないとも言いきれないのである。

 宅間の場合、1984年から逮捕を免れるという明瞭な外的誘因のために精神障害を装い、犯行の2年前には同じ理由で、統合失調症の診断や精神障害者保健福祉手帳を持つに至った詐病者であることは間違いない。しかし、この詐病癖について、宅間の弁護団は「17歳で初めて精神科の診察を受けた時から認識し、深く悩んだ問題」と指摘していたという(一橋文哉『誰も書けない宅間守の秘密』「新潮45」2003年9月号)から、「病者の役割を維持しようとする精神内界の欲求」が無かったともいいきれないのである。彼は「ワシのような人間は刑罰より、一生かかっても仕方ないから精神病院で治療に専念した方がいい」(一橋文哉『同上』)とも言っていたという。

 以上の件が、刑事責任能力の有無とは関係ないことは確かだが、我々、精神科医までがこの鑑別を怠ってはならない。

 なぜなら、今回の「医療観察法」は、詐病をそれと診断できなかった医師たちの無能をきっかけとして、国会を通過したものだからである。医療観察法の対象になるような犯罪者や患者にこそ「詐病」の精密な診断と、その治療プログラムの洗練が必要とされるはずだ。が、そのような検討がなされているとは、私の耳には聞こえてこない。

 言うまでもないことだが、私は「詐病癖」は治療の対象であると思う。2004年末に生じた奈良県の女児誘拐殺人事件の犯人は13年前にも女児を絞殺しようとして逮捕されたが、3年の実刑だけで放置されていた。詐病者も小児性愛者も反復した犯歴(犯行癖)のある者なら長期にわたる治療・観察の対象とすべきで、「医療観察病棟」が彼らにとっての施設になればいいと思う。

タグ:こころ
posted by 舞姫 at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第12回 怒り 妬み テロリズム  精神科医・斎藤学

第12回 怒り 妬み テロリズム  精神科医・斎藤学

今、必要があって「怒り」という感情について考えている。「怒り」とその類縁の感情、思考には、さまざまなものがあることに今さらながら驚かされた。

 不正への「憤り」のような大人の怒りから、「癇癪(かんしゃく)」のように専(もっぱ)ら、幼児・児童や幼児返りした成人に用いられるものまであるので、まず人の成熟に伴って、怒りの表現も変ることに気づく。また、「怒り」には「激怒」のような急性で目立つものから、「むかつき」のような慢性で目立たないものまである。

 「怒り」の周辺には「憎しみ」や「恨み」などがあり、これらに隣接して「ねたみ」がある。これらに加えて「ひがみ」「ひねくれ」「ふて腐れ」なども、「怒り」周辺の感情であろう。「さげすみ=軽蔑」となると「怒り」との距離が遠くなると思われるかも知れないが、精神医学的に見るとそうでもない。

 「怒り」は自己に必須と感じられる欲求充足が阻害されることで生じる不満によって生じ、その初源には母乳を必要とする乳児の叫びがある。つまり、これは我々の生存に欠かせない感情であり、「他者=母=乳房」との関係を維持しようとする努力である。

 「ねたみ」は、この「必要なもの」が「他者」に占有されていると感じることであるから、「怒り」に極めて近い。それどころか原初的な「ねたみ」の対象は「母=乳房」そのものと考えられる。ミルクをくれる「良いオッパイ」には「良い自己」が対応するが、ミルクの代りに飢餓という痛みを加えてくる「悪いオッパイ」には、赤ん坊なりに精一杯の「悪意」を「投影」し、これを破壊しようとさえする。赤ちゃんに出来るのは噛むことくらいだが。

 要するに、「ねたみ」は「投影」という精神力動を介して「憎しみ」という関係破壊的な感情につながるのである。そういうわけで、人を妬むのは疲れるから、普段はこれを感じないように種々の工夫(心的防衛)をしている。「他者の価値を低めて妬心を軽くする=軽蔑」は、そうした工夫のひとつである。

 「妬み」が、「憎しみ」という関係破壊的な感情につながる極端な場合が、テロリズムである。

 昨年、死刑が執行された宅間守・元死刑囚による学童・教師殺傷事件は、その顕著な一例だったと思う。宅間・元死刑囚は「恵まれた子どもも、自分みたいな将来の展望のないアホに、たった数秒で殺されるという『不条理さ』を世の中に分からせたかった」と供述していた。まさに妬む者の言葉である。

 この犯人は1984年から、強姦、傷害などの事件を起こすたびに、詐(いつわ)って精神病者であることを演じ、刑事処分の執行を免れてきたという。医療的・福祉的保護とは、競争社会の勝者たちが敗者の妬みを緩和するために用意しているものである。あの事件でも、逮捕直後の犯人は精神障害者を演じたというから、この保護膜に期待したと思われるが、二度の精神鑑定で「責任能力あり」と判定されてからは、むしろテロリストとしての自己を飾ろうという気になったのであろう。

法廷では遺族に罵声を放ち、「獄中手記」では「エリートの卵たちを殺しまくって国家によって殺される。これで良かったのではないか」と述べ、03年8月に死刑判決が下されると控訴をしないどころか、「(早く死刑にしてくれと)法相に上申書を出せ」と弁護士たちをせきたて、一年後には刑の執行を受けた。自らの中に悔悟の念が生じるのを怖れたかのようである。
タグ:こころ
posted by 舞姫 at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月22日

第11回 陽のあたる場所から嵐の島へ 精神科医・斎藤学

第11回 陽のあたる場所から嵐の島へ 精神科医・斎藤学

『陽のあたる場所から』(原題:ストーミィ・ウェザー、ソルヴェイグ・アインスパック監督)の試写会に誘われたが、時間がなくてビデオを送ってもらった。今、見終えたところである。主演はエロディ・プシェーズという黒髪の華奢(きゃしゃ)な女性で『天使が見た夢』という作品で、日本でも有名な人だそうだ。

 パリの精神科病院で働く研修生の女医コーラ(プシェーズ)が、パリの路上で保護され身元不明で喋(しゃべ)らない、謎の女性を担当することになる。この女性は、チェスをやらせると、コーラの祖父を負かしてしまうという能力を示したりするので、女医は魅せられ、「二人の心が通うようになった」と確信する。

 しかし、「あと一歩で治療成功」と思ったところで、女性の身元も名前も割れ、その女性「ロア」はアイスランド、ウェストマンナ諸島の孤島に住む夫と乳児のもとに強制送還されてしまう。コーラはあきらめられないで、ロアを連れ戻そうと孤島へ渡る。

 晩秋のその島には、巨岩と嵐と火山しかない。精神科医もいないし、言葉も分からないが、辛うじて英語は通じる。島の青年医師は、「ロアは落ち着いていて、治療の必要もない」という。コーラは、強引に彼女の家を訪れるが、ロアはコーラに会釈もしない。黙々と家事を続けるだけ。

 コーラは、治療者としての自信を打ち砕かれて帰ろうとするが、その日の船は、もう出てしまった。無謀な研修医は、宿も探せないまま、凍死しそうになって、島の医師の手当を受ける始末。

 しかし、ある事件がきっかけで、コーラとロアの間には、パリの病棟で通い合っていた心の通路がまた開いた。二人は、ひそかに島を抜け出そうと画策するが、島の医者に見つかり、コーラは叱られ、ロアは家に連れ戻される。頑固なコーラも、ようやく事態を受け入れざるをえなくなった。次の船が出るまでの間、コーラはロアの家を訪ね、ベンチで日なたぼっこするロアの隣りに座る。この嵐の島にも、わずかながら、日の差す場所があったのだ。言葉を使わない、感情の通路に漂うぬくもりを感じながら、二人の女は目をつむって、そこに座り続ける。

 これは「言葉」と「場所」という象徴によって、他者とのつながりというテーマを語ろうとする映画である。

 ロアは、パリではもちろん、ウェストマンナの島でも喋らない。代りに錯乱し、時には島(場所)を離れて放浪する。コーラはパリでは能弁だが、島では言葉の無力に立ちすくむばかり。代りに島の医者が言う。「僕は精神科医じゃないから、ロアがどんな病気かわからないよ。ただ彼女が生きるのを助けるだけ」。

 映画のパンフレットの惹句(じゃっく)には、「心の扉を閉ざし、話すことをやめたロア」とあるが、ロアの緘黙(かんもく)は生まれつきのようだから、精神病というより何らかの発達障害(アスペルガー障害か、右脳半球学習障害)なのだろう。あの暴れ方は、そうした患者が示す憤怒に似ている。いずれにせよ、言葉という他者とつながる道具の発達を欠いているので、行動で表現するしかない。どうやら彼女は、島という「嵐の場所」を逃れて、「陽のあたる場所」を探し続けパリまで進出したらしい。

 こちらは、比較的分かりやすいが、難しいのはコーラの行動の意味である。彼女の方はパリという「陽のあたる場所から」(映画の邦題)、嵐の島に渡ったわけだが、多分、彼女もまた「島」から一時でも逃げたかったのだと思う。

 精神科医とか精神療法家というのは、患者という他者との関係において、ガンジガラメの制約の中にいる仕事である。特に、精神病棟で研修医としてのスーパーヴィジョンを受けながら過ごすとなればそうだ。パリにいた時からコーラは、私が上司なら「おいおい、何てことするんだ」と言いそうな、禁則破りを繰り返している。原則や禁止は、それが何であれ、人間にとっての他者(社会)なのだが、コーラは頑固一徹にこれと闘い、妥協しようとしない。まるで、言葉という「禁則のシステム」を操れないロアのように。

 コーラのこの「治療者・自己愛」を煽(あおって)っているのは彼女の無知なのだが、無知であればこそ生じるエネルギーがある。そして、これによってのみ穿(うが)つことのできる岩盤、他者との関係を隔てる岩盤があると信じたい。

 そのように考えた時期が、私にもあった。

 日曜日の当直(当時の私は、その給料だけで生活していた)のつど、病棟から緊張病型の統合失調症患者を連れ出し、街のレストランで二人だけで食事をしたりした。緘黙の彼と能弁の私。「何かが通じあっている」と思っていた。実際、他の人たちが知らない彼の妄想世界を、私だけは知っていた。

 私もまた「島」からの離別をはかった者のひとりだが、それによって変化したのは、未だに病棟にとどまっている彼ではなく、私の方だった。私は結局「島」に帰ったのだが、多分、コーラもそうするのだろう


無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター


タグ:こころ
posted by 舞姫 at 07:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月21日

第10回リストカットする少女たち 精神科医・斎藤学

第10回リストカットする少女たち 精神科医・斎藤学

『ライフ』(すえのぶけいこ)というコミックの1巻から7巻までを一度に読んだ(見た、というのだろうか)。アユム(歩)というリストカット常習者の少女が主人公である。

 いくぶん前から知られていた作品のようだが、私はごく最近、30歳の女性患者から教えてもらった。この女性に出会ったのは2年前だが、17歳からのリストカット常習者だったということは聞いていた。その女性がこのコミックを読んで、「自分の重ねてきた行為の意味が分かった」と言ったので、あわてて取り寄せ、いま読み終えたところである。

 この女性の場合、最盛期にはリストカットというより、首切りを含めたボディカットの依存者だったが、ここ2年のうちにずいぶん良くなった。その代りに今はコスプレ趣味とそれに伴う衣類買いのアディクション(依存症)がひどい。もっともそれは機嫌の良いときで、ふさぎこむと「心の中の人々」の会話に耳を澄ませて、現実から遠ざかってしまう。そして、ときどき錯乱状態になり、その際には自殺もしかねない。

 この人はいわゆる「妾の子」であると、私に自己紹介した。同じ母親から生まれた4姉妹の末子だが、次女と4女だけが母親から激しい折檻を受け、家事奴隷として扱われた。母の「愛人」にあたる父親から性的に陵辱されたのも次女と4女だけだった。多分、実父とされていた男の種ではなかったのだろう。

 次姉は包丁を握ったりして、父親と果敢に戦ったが、末子の彼女は「お人形さん」だったそうだ。この女性が錯乱するのは、この野獣からの性行為を想起しそうになるときである。つい先日になってようやく、錯乱して自殺するかわりに父親を名乗っていた野獣を殺そうと思い定めるようになった。相手の寿命はもう短いから「急がなければ」と言っている。

 15歳のとき、母代わりとなって、この末妹を守っていた次姉が看護学校に入るという形で実家から脱出すると、4女だけが家事奴隷として残された。そのとき彼女を救ったのはデペッシュ・モードというロックのサウンドだったそうだ。

 そのナンバーの中に Blasphemous Rumours(バチあたりな噂)というのがあって、手首切りの少女が強く生きようと思い直すところで車に跳ね飛ばされて死んでしまう、という歌詞だった。繰り返し聞いているうちに17歳から、カミソリ(カッターではない)で左腕を切る癖がついた。15年前にはリストカットという言葉も流行っていなかったから、「自分はただの変態だ」と思いながら切り続けていたという。でも、この癖があったので自殺せずにすんだ。

 『ライフ』の中のアユム(歩)は他人に嫌われないことだけを気にかけている高校1年の少女である。そこをつけこまれて、同性の級友たちのほぼ全員からいじめられるようになった。日々続くいじめと、教師や親たちの誤解に絶望して「死にたくない! でも生きたくない!」と叫んだり、「こんな気持ちで生きてくぐらいなら消えてしまいたい」と呟いたりする。そして、始終持ち歩いているカッターを秘かに握りしめる。そんなアユムには、他人の気持ち(らしきもの)は見えても自分が見えない。それで皮膚という自己境界(らしきもの)を切り裂いて痛みを感じ、流れる血を確認して「喪失しそうな自己」を感じようとする。友人に嫌われたと感じるたびに、それを繰り返す。

 このコミックを読んでいるうちに、私は佐世保市の「首切りカッター少女」を連想した。あの小学生もカッターを握りしめながら暮らしていたのかも知れない。そのうちに壊れて、自傷と他害のベクトル転換を起こしたのだろうか。

 コミックのアユムの方は、巻を追ううちに強くなって行くようだ(7巻目の終わりではまだ受難続きだが)。同じいじめられ体験を持つ異性の友人も目に入るようになったし、「自分のことだけ考えろ」といってくれる同性の友人(ミキ=未来)まで獲得できた。

 私の患者のコスプレ女性も長い間かけて強くなってきた。「お人形」だったころの残滓(ざんし)はコスプレ趣味の中に残っているが、とりあえず「野獣の父」を殺そうと思えるようになったのは大きな成長である。

 もっとも実際に殺人してしまったのでは、かえって心の中の父が生き生きとしてしまうので「父殺し」にならない。私のいう「親殺し」とは、親に関する記憶にとらわれなくなることである。「あっ、そんな人もいたな、かつては親と呼んでいたな」と思うようになることである。「犯す父」のイメージ(記憶)に立ち向かい、この記憶を自己の一部に取り込む(内面化する)ときに、「生々しい父」(の記憶)は心の中から消えてしまう。父のしたことを考えようとするだけでフラッシュバック(外傷体験の視覚的よみがえり)してしまうようでは、それはできない。

 記憶を語り続けること、書き続けることができるようにしたいものだ。それをし続ければ、その語りは「作品」となる。



無料カウンター


現在の閲覧者数:
無料カウンター
タグ:こころ
posted by 舞姫 at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第9回 男の性と性格  精神科医・斎藤学

第9回 男の性と性格  精神科医・斎藤学


 両親のそれぞれから譲り受ける45対の遺伝子情報(染色体)は、それぞれが父からのものと母からのものとが対称をなしているが、性染色体だけは対になったXX染色体(女性染色体)のほかに、非対称のXY染色体(男性染色体)がある。

 このY染色体には、胎生期の12週前後に「テストステロン(男性ホルモン)類を放出せよ」という指令が書き込まれていて、この時期の胎児はジヒドロテストステロンの影響下に、男性器を形成し始める。テストステロンは、同時に「脳の男性化」を進める。

 脳の男性化とは、ようするに右脳の発達を促進することによって、脳に左右差(非対称)をもたらすことである。こうして人間には、外性器が男根として突出するとともに非対称な左右脳を持つ「男性」と、男根の突出がなく左右脳の対称性が維持されたもの「女性」が存在することになる。

 脳の機能と、その脳を持つ人の人格との間に関連があることは言うまでもない。男児における右脳機能の優位は、数学への興味や機械への関心と関連しているらしい。その一方で、左脳の機能である言語発達や相互交流の能力に欠損が生じやすい。先月のこの欄で述べたアスペルガー障害は、こうした男性的な脳の極端な表現とも言えるだろう。

 他方、女児の場合、エストロジェン(女性ホルモン)は、左右脳の神経連絡を密にする効果を持ち、発達した左脳が言語を用いた交流を容易にする。一般に女の子では人への関心が終始一貫、男の子より高く、人形やぬいぐるみに枕を当てたり、やさしく包容したり、時には「○○してはダメよ」などと説教したりする。男の子では、同じ人形やぬいぐるみがオモチャの銃の標的にされ、ゴムのナイフで切り刻まれる。

 さらに深刻な性差は、男女の生命力という点に現れる。男児の持つXY染色体のY因子は、生命的不安定をもたらす影響によって、個体の安定性が脅かされている。受胎の段階では、女児100に対して男児140と男性が多いのに、妊娠期間中を通じて流産の危険は男児に高く、出産時には女児100人に対して男児106人にまで減少してしまう。出産後も、男児は何かと不安定で、怪我も多いし、免疫力も女児より低い。こうして、40代のはじめには女性100人に対して男性100人となり、以後女性100人あたりの男性数は減少の一途をたどって、80歳では32人にまで低下する。脆(あやう)くて不安定なるもの、それが男性なのである。

 もちろん、人柄(人格、性格)のすべてが脳機能で説明できるわけではない。生育家族という環境の中で作られる部分がかなりある。生まれ持った素因というキャンバスに、人柄が書き込まれるのは、母を中心とした家族との関わりの中でである。

 しかし、その問題に入る前に断っておかなければならないことがある。生育環境の中には、胎児として過ごす9か月が含まれることである。子宮内の胎児にとって、母体は環境そのものであるから、これがニコチン、アルコール、各種ドラッグなどで汚染されることになれば、それは当然、胎児の生まれつき、そのほかに影響を及ぼす。

 大量飲酒を繰り返すアルコール依存の母親の子どもには多動児が多いし、ニコチン依存の母親の胎児は低体重である。母親の不安が子どもの人生に影響を及ぼす、ということもある。第二次大戦末期、英国空軍によるドレスデン爆撃の際に生まれた男児には、ゲイ(男性同性愛)が多かった、という報告もある。

タグ:こころ
posted by 舞姫 at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第8回 男性に多いアスペルガー障害 精神科医・斎藤学

第8回 男性に多いアスペルガー障害 精神科医・斎藤学

広汎性発達障害(PDD=Pervasive Developmental Disorder)ないし、自閉症スペクトラム(Autistic Spectrum)は、長らく小児精神医学の領域に閉じこめられてきたが最近、成人の社会的不適応を説明する際にも、重要な鑑別点とみなされるようになってきた。

 自閉症スペクトラム(連続体)という呼称は、イギリスでこの問題に精力的に取り組んできたローナ・ウィングによって1970年代に提唱された。彼女の功績は1944年にハンス・アスペルガーによって、ドイツ語で報告された。そのために長い間、ドイツ語圏以外の研究者の注目を引かなかったが、ウィングの発見は、障害者たちの一定の行動特徴(今日、「アスペルガー障害」と呼ばれているもの)を持つ子どもや青年の病態が、その前年アメリカのレオ・カナーによって「早期乳幼児自閉症」と名付けられた知的発達障害を持つ乳幼児たちの病態と連続している、ということだった。

 このことの意義はいくつもある。特に重要なことは、この一連の障害が必ずしも乳幼児のものではなく、知的障害を伴わない児童、青年にも及ぶことが確認されたことだ。そして地域有病率(一定地域でこの病態を持っている人の割合)が一挙に拡大したことである。有病率について言えば、カナー型自閉症は1万人につき2〜3人の問題だが、アスペルガー障害は1万人につき36人(ウィングの推定値)の問題であり、その他の障害を含めた自閉症スペクトラム全体では1万人につき58人、つまり1000人に6人という「ありふれた」問題になったのである。

 ハンス・アスペルガーが記載した症例に共通する特徴を劇的に構成すると、映画「レインマン」になる。つまり他人への愚直で不適切な近づき方、特定の事物(例えば時刻表)に限定された激しい関心の持ち方、一本調子な話し方、やりとりにならない会話、ぎこちない身体の動かし方、知的能力は並かそれ以上なのに1、2の教科に限って成績が劣悪であること、常識が著しく欠けていること、そしてこれらの特徴の全例は男性であることであった。

 その後、ロンドンにおけるウィングの研究などによって女児の症例も存在することがわかってきたが、罹患者の男女比は現在でも4対1と男児が多く、知的能力が高いほど男性の割合が高くなる。つまり男性の場合、脳の障害が軽微であってもアスペルガー障害が発生することが多いのに対して、女性でこの障害を呈するには、かなり深刻な脳の損傷がある場合に限る、と言えそうである。

 ヒトの左右の脳半球は、それぞれ対称的なところもあれば、左右差が目立つところもある。概して言えば、左脳半球で言語的情報の伝達(コミュニケーション)や言語的知識の蓄積や分析を行い、右脳半球で直感的かつ視空間的な情報把握を行う。

 最近の神経生理学ないし、脳解剖学研究の成果のひとつは、脳の男女差の明確化であり、脳解剖学の専門家は死後剖検の脳を見ただけで性を言い当てることができるそうだ。彼らによれば男性の脳は、右脳半球が前方に突出してやや大きく、左半球が貧弱であるという。これに較べて、女性の脳は左右が対称的で均衡が取れている。言語能力やそれを用いた相互交流(コミュニケーション)能力が、専ら左脳の機能によることは良く知られるようになってきた。

 アスペルガー障害に見られる他者との交流能力の欠損は、男性脳の機能のあり方を戯画的に拡大しているかに見える。ハンス・アスペルガー自身、彼の記述した症例群について「正常な男性的人格の連続体の最も端に位置する」と述べている。

タグ:こころ
posted by 舞姫 at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第7回 男のうつと「トカトントン」 精神科医・斎藤 学

第7回 男のうつと「トカトントン」 精神科医・斎藤 学


警察庁から昨年一年間の自殺者総数が発表された。約3万4500人で、統計を取り始めてから最悪の数字であったという。特に50代、60代の男性の自殺が増え、平均余命(寿命)の伸びにも影響を与えるほどになってきたようだ。あらゆる自殺の背景には顕在、潜在の別はあっても、うつ病があると思うので、このテーマについてもう一度考えてみたい。

 以前にも書いたことだが、男のうつ病の特徴は、抑うつ感、悲哀感よりも、「アレキシサイミア(失感情)」と「アンヘドニア(失快楽)」が目立つことである。

 失感情の場合、喜びの表情が喪われることは仕方ないにしても、悲哀の苦悩さえも表現されない。言葉もとだえがちで、まるでロボットに化したかのようになってしまう。こういう男性の周囲にいて、彼を理解しているつもりになっている人(たとえば妻やガールフレンド)は、その男の感情の揺れに触れたくて、つい彼を挑発してしまう。そのとき、突発的な暴力や暴言が飛び出すことがある。愚痴を垂れ流しながら暴力的になる男のことなら、女性にも理解できる。ときにはバカだけど、かわいいとさえ感じるかも知れない。しかし、ふだんは感情を出さない男が、突然怒り出すのを見るのは怖い。

 女性が男を真から怖い、と思うのはこうした場合だが、実はこうした男は、うつ病を病んでいるかもしれないのである。ふさぎこんでいる男と並んで、怒りっぽくなっている男にも自殺の危険がある。

 こうした男は、以前なら関心や興味を持っていたはずのこと、たとえば親しい人との出会いと会話からも遠ざかりたくなったりしていて、生に伴う快感が湧かなくなっている。これがアンヘドニアで、「失快楽」ないし「快感消失」と訳される。

 考えてみれば、生とは荒涼たる現実に過ぎず、そこにあるのは生きることに伴う飢餓と渇えだけなのかも知れない。しかし、この欲求不満が多少でも解消されるとき、私たちはこの「苦痛からの解放」を快楽と認知し、その幻想を追求しながら生き続ける。その幻想を生むプロジェクターが壊れてしまったり、舞台装置のカラクリが暴かれた時には困ったことになる。

 幻想のカーテンで覆われているのが私たちの生だとすると、そのカーテンが風にあおられ、外界の荒涼が露わになってしまうこともある。その時、私たちは大あわてでカーテンを押さえようとするし、破ければ、別の幻想を貼り付ける。この「否認」という作業を殆ど自動的(無意識)にやっていられることを指して「健康」というのである。

 しかし、「そんなことしてどうなるの」と思ったり、「トカトントン」(39歳で心中した作家・太宰治の短編)が聞こえてしまったりしたらどうなるか。そこに生じるのが失快楽というシラケの感覚で、だからこれこそ、うつ病の本質と言ってよかろう。男性の「隠れうつ」の場合にも、この本質まではごまかせない。

タグ:こころ
posted by 舞姫 at 10:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第6回 「テンテン人間」 精神科医・斎藤 学

第6回 「テンテン人間」 精神科医・斎藤 学


 今の時代、子どもたちにとって一番つらいのは、自分が誰にも知られずに生きているということではないか。「テレビ画面に映る現実のほうが、日常体験よりも意味があり、そこに登場しないような体験は意味づけるほどの価値もない」という考え方があるような気がする。

 神戸市の学童連続殺傷事件で話題になった「透明人間」という言葉も、こうした考え方の中から生まれてきたのではないか。テレビの前の自分は、そのままでは発信する機会もない、視聴者と呼ばれる透明人間でしかないと考え、寂しくなってしまう人たちが増えているような気がする。

 人間関係を断って、引きこもっている若い人々とばかり接しているせいだろうか。

 それなりの人間関係の中に身を浸している時には、こんなことは考えないのだろうが、そこからはじき出されるようなことがあれば、自らの「透明人間化」を心配しなければならなくなる。

 ある中年の「ヒキコモリック」(引きこもる人のことを、このように言うことが最近私の周辺で流行している)は、自らを自嘲して「テンテンになってきた」と言った。漫画の人物画のように、「自らを外界から画する区分線が薄くなって、ところどころ破れてきた」という意味で、このまま進めば、その女性という「独自の個体」は大気に吸い込まれるように消失し、名無しの視聴者に化すだろう。彼女は、手垢がついた透明人間という言葉を嫌っていた。彼女はそろそろ40歳という年であるが、この世代こそテレビに映される「現実」と、その処理を施されない生な素材、つまり膨大な「プレ現実」との区分を意識するようになった最初の世代である。彼女は30代前半までコピーライターという虚業で生きてきたから、この辺のことに敏感なのだ。

 佐世保市の小学生が同級生を殺した、ということで大騒ぎになった事件は、「消えてしまう」ことを恐れる心が起こした事件のように思える。

 あるテレビドラマに、着想を借りたと言われる首切り殺人。加害少女は、この派手な事件の主役を演じることで、華々しくマスコミに登場し、透明人間化を免れようとしたのではないか。少女はグロテスクな事件の主役として人々の記憶の中に棲みつき、その代わりに、絶望した平凡な少女は11歳で、人々の記憶から抹殺されるのだ。

 インターネットやバトルロワイヤルという目くらましの小道具に惑わされていると、この事件の解明は、はかどらないだろう。

タグ:こころ
posted by 舞姫 at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。